濃霧の中先導する様に数歩前を走るなまえのポニーテールが大きく揺れ、腕に取り付けられたバンドにくっついとるスマホの中でのっぺらぼうの人間が一定のリズムで走っているのを見つめる。
志摩なまえは五男二女という子に恵まれた志摩家の末っ子で、志摩廉造の双子の妹でもある。とろんとした垂れ目はそっくりなものの、煩悩は腹ン中に置いてきたんかと言われる程とにかくストイックな女である。
努力家で勤勉、器用で料理や裁縫も出来る。身長は百七十に達しつつあり、着飾るという言葉を理解しとらんのか私服はほぼ兄姉のお下がりで、寮では専ら作務衣か甚平姿らしく遠目で見掛けた神木が一瞬男と勘違いしたらしい。

「坊、」

走る速度を緩めたなまえがちらりと此方を見遣る。
どないしたと目線を向けると先を走っていたなまえが止まったので俺もつられて足を止める。黙って空を見上げたので一緒に見上げた所、寮を出た時より空が暗くなっとる。霧も更に濃くなり、これは大雨の予感しかしない。目で訴えてくるなまえに従い一つ首を振って帰宅を促す。

「せやな、今日はここらで折り返そか」

「……はい」

元来た道を辿って走り始めたなまえの後を黙ってついていく。本来ならばいつもは逆の立ち位置やのに、濃霧が立ち込める外に出た途端先導すると言うて聞かんくなり諦めた俺が折れてこの図が出来上がっていた。いや、しかしたまにはこれもええのかもしれん。「わたしも坊といっしょに寺をたてなおします!」言うて小さい頃から俺等の後をちょこちょこついてきよるばかりのなまえやから、こいつの後ろ姿を見るんは滅多にあらへん。何も言わずに俺の側におって祓魔塾に通うとるが、今もあの日のように寺を立て直したいと思てくれとるんやろうか。聞く勇気が、未だに出えへん。情けないわ。

「あ、」

男子寮まであと少し、といった所でバケツの水をひっくり返したような勢いで雨が降ってきた。勿論走っていた俺等は濡れるわけで。白い息を吐き出しながら何とか寮に駆け込み、遠慮するなまえの背中を押して寮に無理矢理入れる。
一年の棟の角部屋、寮の構造上一人分のスペースが壁に埋まっている三人部屋に住む俺等の部屋に連れて行けば子猫丸がバスタオルを持って待ち構えていた。志摩はいつものように悠々と二度寝をかましとった。

「なまえさんも来はったんやね、おはようございます」

「おはよう、猫さん」

「なまえ、先にシャワー行き」

「私は廉の着替え漁るんで、坊がお先にどうぞ」

「……ほうけ」

子猫丸からバスタオルを受け取り着替えの用意を頼みつつピンで留めた前髪を下ろしながら風呂場に向かう。服を脱いで籠に突っ込んで手短にシャワーを浴びる。見た目が男らしいと言えどやはり女、身体を冷えさせるのはようない。身体を温めて直ぐに風呂場を出て脱衣所に置いてある着替えに腕を通す。
先程受け取ったバスタオルで髪の毛の水分を払いながら志摩のバスタオルに身をくるみ部屋の隅っこで縮まっているなまえに声を掛ければ小走りで風呂場な入っていった。心なしか唇が紫色になっていた気がする、ゆっくり湯船に浸からせたいが部屋にはシャワーしかなく湯船に浸かるには共用の大浴場に行かなあかん。体調を崩さんようゆっくり浴びぃ、と扉越しに声を掛ければありがとうございます、と他人行儀な返事が飛んできた。
子猫丸が部屋におらん。食堂に行って俺等の飲み物でも用意しとるのかもしれん。俺は前髪を下ろした儘ベッドですやすやと眠る志摩の鼻を摘まんだ。呼吸が止まってひい、ふう、みい…数えてとると十の辺りで志摩がバチッと目を開け、俺を見て叫んだ相も変わらず頭ン中が幸せなやっちゃ、と呆れつつ鼻から手を離し前髪を上げながら起きぃ、と一喝すればぶちぶちと文句を言いながら身体をもそもそと起こす。風呂上がりの俺と今も響くシャワーの音を交互に見聞きし、雷鳴が混ざり始めた外の天気を一瞥してから納得したようにへらりと笑った。

「何や、なまえが来とるんですかぁ」





子猫丸に淹れて貰ったミルクココアをちびちび飲みながら志摩に乱雑に髪を拭かれるなまえは既に半目で頭も不安定に揺れとる。

「危なっ。ほら、飲まんならカップは置き」

「…れーんー…」

「ほら、ドライヤー終わったで」

「れーん」

「ほいスマホ。俺が気付かんかったら今頃洗濯機の中やで」

「れん」

「はいはい、ベッドな」

「うん、」

ほんまは分かっとった。
俺の側におるんは志摩の側に居たいから。俺と一緒に走っとるんは万が一トラブルがあった時に志摩に真っ先に会えるから。寺の立て直しを目指しとるんは志摩家の存続が掛かっとるから、志摩の将来が潰れんように目指しとるだけ。
なまえにとって俺は本当はどうでもよくて、志摩さえ居ればそれでええ。仲良くベッドに潜る二人を見て心臓の辺りがずきりと痛み、思わず目を逸らしてしまった。

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簡単なあらすじ
小さい頃から懐いていた身内が実はブラコンで兄の為に自分に懐いていた…だと…?
勝呂の幼馴染みって身内なイメージしか湧かず、上手く掘り下げられなかった…反省。容姿は黒髪、垂れ目、170cm、ポニテ出来る位のロン毛、無口。この設定であと一、二話書きたいです。
つぐみ様、リクエスト有難う御座いました!ミニシリ雪男は間違いなくヘタレDTです(小声)

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