「ひゃっほー!!」

本日の授業もこの体育の授業を終えればあと一限。騒がしいプールの中から聞き慣れた声が響き、私の視線は自然とそちらに注がれる。それは退屈そうにうちわで顔を扇いでいた出雲ちゃんも同じようで、不機嫌そうに眉を寄せながらプールに視線を向ける。水泳帽にゴーグル、スクール水着に身を包んだなまえちゃんが蟹の玩具を鷲掴みにしてドヤ顔でこちらを見上げていた。

「見て下さい出雲様ー!蟹!蟹とったど!!」

「あーはいはいよかったわね」

「なまえちゃん楽しそうだね」

「楽しいです!プール!!はい!!」

「分かったから早く戻れば」

いつもよりテンションが倍近く高いなまえちゃんはプールで泳ぐのが相当お気に召したらしい、先生がプールにばらまいた玩具を底まで潜っては取り私達が座っているベンチの近くに置いていく。溜め息を吐き出した出雲ちゃんに「あんなに楽しそうななまえちゃん見たことないね」と微笑みかけると「興味ない」とあしらわれてしまった。そんな事ないと思うけどなあ。
先生が持っているホイッスルが鳴り響き生徒達がプールサイドに上がって来る。最後に上がって来たなまえちゃんはちょっぴり残念そうに肩を落としている。

「休憩だそうです…」

「はい、なまえちゃん。タオル」

「有難う御座います、朴さん」

風に飛ばされないようにと預かっていたバスタオルを差し出すとくるまって私達の足元に座り込む。髪からぽたぽたと雫を落としながらじっとしつつも時折ちらちらとプールサイドに立つ先生に視線を向け今か今かと待ち構えている姿は大きな犬みたいで何だか可愛くみえる。

「いいなぁ、プール。私も入りたかった」

丁度月イチのアレの日とかぶってしまい見学を余儀なくされた私は微かに痛む下腹部を撫でながら苦笑すると隣にいる出雲ちゃんは背中を丸めるなまえちゃんの腰辺りを靴下を脱いで裸足になった足でつつきながら鼻を鳴らした。

「プールごときであんなにはしゃいでいいのは小学生まででしょ」

「出雲様はこんな狭いプールなんかより広い海の方がいいんですよね!」

「そういう話じゃないわよ、馬鹿なまえ」

一際強く背中を蹴られてなまえちゃんが悶絶している所に再開を示すホイッスルが鳴り響く。笛の音を聞くなり顔を輝かせて勢い良く立ち上がったなまえちゃんは出雲ちゃんに蹴られた事も忘れて丁寧に、しかし手早くタオルを畳み私達の足元に置くとそそくさとプールの方へと早歩きで向かってしまった。

「ほんと、ガキなんだから」

そういってまたうちわで自分を扇ぎだした出雲ちゃんがプールに入っていないのは、月イチのアレでも体調不良でもなんでもなくただの仮病だからだ。

◆ ◇ ◆

気だるい塾の座学も残り十分、といった所で不意にむにゅ、と蕩けた声が隣の席から聞こえてきた。視線を向けてみると組んだ腕に突っ伏したなまえが此方に実に間抜けな顔を晒しながら眠りこけていた。体力配分も考えずプールであんなにはしゃぎ回っていたのだ、他の生徒はもう寮にいる時間だがなまえには塾がある。疲れて眠気に襲われるのは至極当然、自業自得というものだ。やっぱり仮病使って授業休んで良かった、溜め息を吐き出しながら教壇に立っている先生にバレないようにシャーペンでなまえの頬をつつく。むにゃーと寝言ばかり返してきて反応がなく面白くない、直ぐに飽きて放置する。その儘見つかって怒られればいい、そう思いながら気付けば授業が終わるまでなまえの寝顔を見続けていた。

「はーい、じゃあ今日は此処までー」

目でも悪いのか知らないけど先生は結局なまえの居眠りに一切気付かずに授業を終えさっさと教室から出て行ってしまった。馬鹿達の雑談を聞き流しながら教材をバッグに詰め込んで帰る支度をしているとなまえを挟んだあたしの向こう側に人が立つ気配がした。

「なんや、寝とるんか」

なまえの顔を覗き込んだゴリラ基勝呂は健やかな寝息を立てるなまえの肩に手を掛けてあろうことか揺すろうとしていた。なまえの瞼がぴくりと震えたのを見た瞬間、無意識の内に声が出ていた。

「ちょっと、触らないでよ!」

ぱしん、と乾いた音が聞こえ勝呂の手がなまえの肩から離れる。同時にあたしの右手がじんと痺れ、遅れて徐々に痛みがやってきた。突然の異音にその場にいた全員があたし達の方に視線を向ける。

「ア、アンタの怪力で揺さぶったりして脱臼とかしたらどうするのよ!」

「なんやと神木ィ!!」

掴み合いの喧嘩に発展しかけて慌てて三輪や志摩が此方に駆け寄ってくる中、視界の隅で伏せていた塊がもぞりと動く。ほら、アンタが大声出すから起きちゃったじゃない。

「いずもさま……?」

半分覚醒しきっておらず薄く開いた瞳で私を見上げる顔は初めて見る表情だった。……そうか。あたし、コイツの寝顔を見た事が無いんだった。気付けば何故か顔に熱が集まっていて恥ずかしさだけが募っていく。徐ろになまえの机の上に広がっていた教材を掴み足元に置かれていた鞄の中に突っ込んでいく。ペンケースも蓋が開いた儘突っ込んだから中でペンがばらばらと零れる音が聞こえる。鞄を拾い上げて、ついでにあたしのバッグもなまえに押し付けぴしゃりと強めに言い放つ。

「帰るわよ!」

「ひゃい!!」

ほぼ反射的に返事をして慌てて立ち上がったなまえを放って先に教室を出て行く。背後から勝呂の怒鳴り声が聞こえたけど直ぐに収まって、それからなまえが走って追い付いてきた。
勝呂がなまえに手を掛けた事に怒ったのも、寝顔を初めて見た位で恥ずかしくなったのも知らない分からない知る必要もないとそっぽを向いて背を向ける。ただただあたし達は塾から出て寮への道を無言で歩き続けた。

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凛空様、リクエスト有難う御座いました!
出雲様シリーズ、珍しく朴と出雲視点で書かせていただきました。久しぶりに出雲様シリーズ書かせていただきとても楽しかったです!早く出雲様も続きを書きたいのですがコミックスが只今絶賛迷子中でして……!
勝呂と子猫丸は居たんですが志摩が!!志摩がいないんです!!
早く見つけ出して続きを書きたいです…。

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