やっすいアパートのベランダに薄く雪が積もった今朝方。ちびちび酒を呑んでたアタシの部屋の扉を開けたのは去年――っつってももう年開けたから一昨年――の任務で向かった田舎のとある山奥。あの時は小さく震えて怯えてばかりだったのにたった一年で見間違える程に成長した、両目が紅い少女だった。メフィストのヤローに連れて来られた時は鼻まで伸びていた前髪も今は瞼の上で切り揃えられルビーのような真っ赤な瞳がアタシの顔を覗き込んできて、あーくそ可愛いーなんて思いつつ部屋に上げてみたりして。メフィストにセクハラされて逃げ込んできたのかと思えば台所を貸して欲しいとのこと。エプロンを身に纏いゴムへらで湯煎にかけているチョコをぐるぐると混ぜる後ろ姿はやけに浮かれている。なまえが着ているタートルネックのウールセーターは年明けにメフィストがお年玉代わりに趣味が悪い服を何着も買おうとしていた為、金だけぶん取ってなまえと二人で買いに行った時に購入した服の一つだ。

「なーなまえー」

「何ですか、先生」

「うわ、その呼び方きもい。シュラでいーって」

「(きもい…)……シュラさん」

ポニーテールの先が大きく揺れて怪訝そうな表情のなまえが漸く此方を振り返る。ピン、と直感みたいなのが働いてコイツと雪男とダブって見えた。あーあ、何でこいつメフィストんとこに行ったんだろ。ちっと位アタシに頼ってもいいと思うんだけどなあ。

「いい匂い」

「甘いの好きですか」

「だいすき。酒はもっと好き」

「お酒の話は聞いてないです」

後ろから腹に腕を回してぎゅっと抱き締めると冷ややかな視線を浴びつつも腕を解かれはしなかった。ざまあ見やがれ似非ピエロ、お前にはこんな真似出来っこないだろー。背中を丸めて肩に顎を乗せると擽ったそうに身を捩らせるなまえはほんと可愛かった。

朝飯をまだ済ませていないと知りチョコを冷蔵庫で冷やしている間に鮮やかな手付きで作り上げられた炒飯と卵スープに野菜炒めを咀嚼しながら洗い物をするなまえと他愛もない話をする。上司であるエンジェルが過去にやらかした事、九死に一生を得た話、特に学園の生徒に扮装して七不思議の調査をした話に食い付いたなまえは聞くだけ聞いた末に「よくバレませんでしたね」と嫌味を吐いた後、学校かあと呟いてそれきり黙り込んでしまった。言葉にし難い雰囲気が漂い、初めて振った話題の失敗に気付いた。なまえは魔障を受けてからもう二年も学校に通っていない。

「……あー…」

「……」

「なまえ」

「……」

「おーい、なまえー」

「……」

「ちょ、無視すんなよな。チョコ全部食っちまおうかにゃ……おぉう!?」

からん、と皿に箸を投げてメフィストの野郎か、雪男か燐かはたまた塾の男子全員に配るか分かんねえチョコの話を持ち出した途端なまえがアタシの腹に向かってタックルしてきた。あっぶね、今食べたの全部リバースするとこだった。懐かしい構図だ、顔にべったりついた返り血を隠すように身体を丸めて怯えるなまえを抱き締めて背中を撫でてやったっけ。腹に抱き付いたなまえの頭が少しずつ上がって来て乳が少しだけ浮く、なんかすっげえ変な気分。暫く腹やら乳やらに顔をうりうりと押し付けていたなまえは顔を伏せた儘ぽつりと呟いた。

「……チョコはシュラさんにあげるやつだから…寧ろ全部食べてくれないと嫌です」

小声でぼそぼそ言ってる姿にちょっときゅんとした。お前マジでアタシん家住めばいいのに。何か言いたかったけど何も思い付かなかったから、取り敢えず抱き締めて頭をわしゃわしゃ撫でておいた。
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