浴室いっぱいに広がる甘い香りに包まれながら乳白色の湯に首まで浸かってほう、と息を吐き出す。働きながら一人暮らしをしている間はなかなか使う機会が無かったが滅多に見ないチョコレートの匂いとくれば買うしかないだろう。水道代、光熱費、家賃がない生活って最高!本当にメフィストさんには世話になりっぱなしである。

「あああぁ…幸せ…」

髪が湯船に浸かるのも気にせずに顎まで沈むと立ち上る湯気に混じってチョコレートの甘い匂いが鼻孔を擽る。本来ならば真っ先にこの匂いに食い付いてくるであろうアマイモンさんは只今外出中である。簡単に言うとメフィストさんの使いっパシり中。でも逆に居なくて良かった、もし居る時に入浴剤を出そうものならきっと今頃混浴する羽目になっていただろうし。…キスから先の事を致すのはまだ覚悟が決まっていない、というか男の人と付き合うのは初めてだからいまいちタイミングや距離を図りかねている。アマイモンさんもアマイモンさんで欲望に忠実な割には淡白だからそういう雰囲気になった事はない。互いに抱き締めあってベッドをごろごろする時間が幸せな一時なのだ。

「湯冷めするー」軽くシャワーを浴びて乳白色を帯びた身体を清めてから湯船の栓を抜いて脱衣場に上がる。まだまだ寒さが続く二月の空気に震えつつバスタオルで身体や髪の水気を拭っていく。あ、やばいいつもの癖で下着とパジャマを持って来るのを忘れた。寒いを連呼しながらバスタオルを身体に巻き付け居間にダッシュして手早くパジャマに着替える。バスタオルを室内に巡らせている物干し竿代わりのロープに引っ掛けてまた脱衣場へと戻る。洗面所も兼ねている脱衣場にしかドライヤーが無いからだ。

耳元で唸るドライヤーと戯れて数分。此方に来た時より伸びてきた髪を乾かし終えて再び居間へと戻ると窓が豪快に開け放たれ、ひゅうひゅうが冷たい風が吹き込んで来る中で先程引っ掛けていたバスタオルに顔を埋める我が恋人・アマイモンさんの姿があった。……えええー。

「アマイモンさん、何やってるんですか」

「なまえ…!」

引きながらも声を掛けるとパッとバスタオルから顔を上げたアマイモンさんが飛び付いてきた。重い。こんな甘えたな悪魔が虚無界で権力を持つ…ぱーる?いや、そんな真珠みたいな可愛い名前じゃない。バール、かな。それの一番下っ端だなんて…何だかバールは大家族のくくりみたいに思えてくる。末っ子の地の王、恋人が出来る。相手は異世界人、大家族大混乱!……これ実際テレビになったらどうしよう。虚無界テレビ、通称ゲーテレ。
……なんて下らない妄想をしているとすん、と鼻を啜る音がしてアマイモンさんの頭がゆらゆらと揺れる。首筋やら髪やらに鼻先を埋めて丹念に匂いを嗅いでいる…って犬かあんたは!

「なまえ、何だか甘い匂いがします」

「気のせいですゆ」

「……噛んだ。ますます怪しい…なまえがボクに隠し事をするなんて…」

「いた!いたたたた!噛まないで!噛まないでください!」

匂いを嗅がれていた首筋にアマイモンさんの歯がやんわりと食い込む。甘噛みでも痛いものは痛くて結局内緒にするつもりだった全てを吐かされる羽目になった。痛みに弱い私ガッデム。よくアマイモンさんと契約出来たよ、ほんと…。契約の際に噛みきられたせいで未だに残った儘の傷の痕を眺めながら、チョコレートの入浴剤を求め取り敢えずメフィストさんの所に走って行くアマイモンさんの背中を見送った。これはまたお風呂焚かなきゃいけないな。
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テーマ「人外ファンタジー」
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