ぽん、と肩を叩かれて先日の任務の報告書の作成に向いていた意識がそちらに向かう。肌を露出させた霧隠さんがぽってりとした唇を歪めながら私を見下ろしていた。まだ二月なのに、暖房が効いている部屋に入ると途端に上着を脱ぎ出すこの人の露出癖はどうにかならないものか。

「どうかされましたか?」

ゆるりと首を傾けながら問えば霧隠さんは親指で部屋の出口を指しながら「休憩室」とだけ言って何処かへ去って行ってしまった。休憩室に何か忘れ物でもしただろうか?お茶汲みついでに休憩室を覗いてみようと向かいの同僚に声を掛けてから席を立った。

「……」

休憩室のドアを開けて中を覗いてみれば、今日の夜に食事に行く約束をしていた恋人のやつれた姿がそこにあった。山積みになった書類の殆どは祓魔塾の指導の為のもので、高校生と祓魔師と塾の講師の兼業というものは存外に大変なものなのだなという印象を持ったのは今日に限った事ではない。兄の正体がバレてからの雪男さんの疲労感は半端無かったし見る度にいつか身体を壊してしまうんじゃないかとはらはらする。

「雪男さん、寝るなら仮眠室行きましょう」
コートを着込んだ儘腕を組んでこくりこくりと舟を漕いでいる雪男さんの肩を優しく揺らすと、雪男さんは虚ろだった目を見開いて私を見上げ、あ、と声を漏らした。じわじわと頬が朱に染まっていくのを見る限り、うたた寝をしていた所を見られて恥ずかしかったらしい。こういう所は年頃の男の子らしくて少し、可愛らしい。

「い、居たんですかみょうじさん…」

「何やらとても忙しいみたいですね?」

「き、昨日まで定期テストだったので…」

照れ隠しに眼鏡を押し上げる雪男さんの隣に座ってわざと責めるような口調で問い掛けると、気まずそうに私から視線を逸らして言い訳をつらつらと並べている。昨日までテスト、って…昨日は確か中級悪魔の退治で夜通し任務に出てなかったか。度を越えている働きぶりに漸く先程霧隠さんが私の肩を叩いたのが分かった。兄の話には話題を逸らす、霧隠さんの話には笑って流している雪男さんのストッパーは最早私しか居ないのだと改めて理解する。

「そんなに無理しなくても…今日の為にスケジュールを詰めてたんですね?それなら会うのはまた今度でも…」

「それは、嫌です。最後に二人きりになれたのが僕の誕生日ですよ?僕は…もう、貴女に触れたくて…我慢するので精一杯なんです…」

肩に重みが増す。霧隠さんに叩かれた箇所に雪男さんの頭が乗っている。薄っぺらい扉の向こうで上司や同僚、後輩が仕事や任務だとばたばたしているのが聞こえるので尚更背徳感が増す。私何やってんだろ、なんて考えながら甘えられるが儘に雪男さんの携帯に痺れを切らした霧隠さんが電話を掛けてくるまで身体を貸し続けていた。
今日中に渡せれば、と思っていたチョコレートの包みは、未だ鞄の底にある。
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