WCの間に洛山が滞在する宿泊施設の前で兄に荷物を預け、兄に渡す誕生日プレゼントを抱えて誠凛高校に向かう。黒子くんと合流してから今回兄の誕生日会をやるにあたって会場を貸してくれた火神さんに会わせてもらった。初対面の人と上手く話せるか少し不安はあったし黒子くんにも無理しなくても、と言われたけれど、どうしても直接お礼が言いたかったから無理を言って居残り練習中の火神さんを連れて来て貰った。
火神さんは少々厳めしい顔つきとは違い気さくな人で、黒子くん曰くアメリカ育ちの帰国子女らしい。ニット帽から零れる赤にウィッグかと聞かれた上に自然な動作で髪を摘まむ彼に黒子くんがお腹を殴って悶絶させていた。私は初めて黒子くんに戦慄した。

「火神さんとのバスケ、楽しい?」

ケーキ屋に予約していたケーキを受け取る為並んで歩いている時にふと浮かんだ質問を投げ掛けてみた。

「火神くんとのバスケは楽しいです。でも、誠凛の皆とやるバスケはもっと楽しいです」

一点の曇りもない晴れやかな表情を見て一人ひっそりとバスケ部から去っていった彼に抱いていた不安が漸く拭われた気がした。沢山の人が忙しげに行き交う交差点の中で誰の目にも留まる事のない黒子くんの背中は少しだけ頼もしく見えて同時に寂しさも感じた事は伏せておこう。

WCの会場の近くにある大きいマンションの一室、扉を開けた瞬間に降り注いできた轟音と紙吹雪に大袈裟な位に肩が跳ねた。兄を迎える時の練習に私を使うな!と叫びたい衝動に駆られつつも中にいる面子を睨み付ける。背後に立っていた筈なのにいつの間にか玄関の壁際に立ち皆の方に寄りつつクラッカーを握っている黒子くん。黒子くんと相対するように反対側の壁際で、クラッカーを鳴らした時に出た煙にむせているさっちゃんこと桃井さつきちゃん。後方にいつつも並んでクラッカーを握る緑間くんと黄瀬くん。そして一番奥、玄関から居間に繋がる廊下の奥に立ってクラッカーは握っているものの紐を引く事なく真っ直ぐに此方を見据える兄こと赤司征十郎。………ん?兄?

「え?」

「名前ちゃん誕生日おめでとう!」

「桃井!声を揃えて言うと決めただろう!」

騒がしい玄関の中で阿呆みたいに口を開けた儘兄を指差すと、兄が小首を傾けながら玄関に歩み寄り私の目の前に立った。どうしたと言わんばかりの双眸に見つめられ取り敢えず自分の頬を引っ張ってみた。痛い。
続いて目の前に居る兄の腕を軽く叩いて感触を確認する。本物だ、そして然り気無く制服から私服に変わっている。
携帯のディスプレイに表示されている日付を確認する。12月20日。エイプリルフールではない。

「あ、え、えっと…」

「まずは上がりましょう。料理が冷めてしまいます」

「そうだね。名前ちゃん上がって上がって!」

「上着脱いで!帽子も取るっス!」

あれよあれよという間に買ったケーキを取り上げられ上着のコートとニット帽を脱がされスリッパと共に背中を押され居間へと向かう。居間の壁に垂れ下がった横断幕に「赤司兄妹生誕祭」と書かれた文字を見て漸く理解した。黒子くん、謀ったな。


あっという間に三時間が過ぎ、黄瀬くんが帰る時間が迫って来たのを皮切りに後片付けが始まった。とは言っても馬鹿騒ぎする程常識がない人達の集まりではなかった為皿洗いと飾り付けの撤去に部屋の簡単な掃除とちょっとのガサ入れを済ませて漸くお開きになった。火神さんには本当に申し訳ない。私は止めたんだ、でもハイテンションになった黒子くんの猛攻を止める事は出来なかった。
結局、兄にプレゼントを渡す事も出来ない儘二人並んで宿泊施設への帰路についていた。数歩前を歩く兄はコートを着ているものの相変わらずマフラーはしていない。皆から貰ったプレゼントが入った紙袋と一緒に握っている兄へのプレゼントを意識しすぎて声を掛けづらい。

「じ、」

片付けも終わりさあ帰るかという雰囲気になり、先に玄関に行ってしまった兄を追い掛けようと立ち上がった私を引き止めた皆は一様に握り拳を作って真っ直ぐ私を射抜く。表情筋の活動が無に等しい黒子くんも、いつも笑顔なさっちゃんも、面識のない黄瀬くんも、滅多に悪ノリなんてしない緑間くんも。皆笑って私を見上げて背中を押してくれた。

――願いは必ず叶う。その為には努力を怠ってはいけない。

毎晩願ってばかりの他力本願な昔の私ではない。自分で自分を変えたくて、この誕生日会を黒子くんに提案したんじゃないか。

「人事を…」

宿泊施設の建物が視界に入ってくる。歩幅を狭めれば前を歩く兄の背中はどんどん小さくなっていく。

「尽くすのだよぉおっ」

走って空いた距離を一気に詰める。彼の背中を追い越して、彼と面と向かって対峙して。手にしている紙袋を差し出す為に。