振動する携帯を開き着信相手を確認する。先程メールを送り時間があるかどうか聞いた相手である為、直ぐに通話ボタンを押して耳に宛てる。

「…黒子くん?」

『はい、黒子です』

スピーカーを伝って聞こえてくるのは約十ヶ月振りに聞く友人の声で、懐かしさを感じる位久しく聞いていなかった柔らかい声音に自然と表情が緩むのが分かる。夕飯も片付けも既に終わっており、後は風呂に入って兄が帰って来るのを待つだけだ。
どうしても兄が帰って来る前に話を済ませてしまいたかったので前もって時間を作って貰っていた。

「ごめんね、部活で疲れてるのに」

『構いませんよ。赤司さんから話があるなんて滅多にありませんからね』

何かあったんでしょう?と問い掛けてくる黒子くんにほう、と息を吐き出す。兄でもなく実渕さんや葉山さんでもなく、黒子くんにコンタクトを取ったのは洛山の人達にも話しづらい内容であるからで。携帯を握る手に汗が滲むのを感じながら視界にちらつく赤髪を指先で弄ぶ。

「ちょ、ちょっと協力して欲しい事があって」

『協力…ですか?』

「WC前でごめんね…あ、あの、赤司くんの誕生会をやりたいんだ」

『―――』

私の訴えに電話の向こうで黒子くんが言葉を失った。黒子くんが知る赤司名前という女子は頑なに兄と関わりたがらず、私の前では兄の話題は禁句という裏の掟が出来ていたくらいだった。そんな私から兄の話題、しかも誕生日を祝いたいと言われれば誰でも驚くと思う。黄瀬くんや緑間くん辺りは私の体調が良くないのではと疑って温度計片手に肩を揺さぶってきそうな気がする。

『赤司くんの……確か、20日でしたっけ』

「うん。洛山は20日にはもう東京入りするから…その時に集まれる人だけでも集まれたらなって」

勿論黒子くんが中学時代に青峰くんを始めとしたキセキ達から要らない物扱いされた挙げ句好きなバスケを嫌って退部してしまった事を知らないわけではない。けれど黄瀬くんや緑間くん、青峰くんとの対戦を経て彼は囚われていた過去に蹴りを付けて今は誠凛一年エースとして打倒キセキを掲げている彼の強く前向きな気持ちに少し頼らせてもらいたかった。兄との関係の改善を計ろうとしながらも未だに一歩を踏み出せない私に何か切っ掛けを与えてくれるのではないかと、そう考えてこの話を切り出してみた。

『……』
沈黙を保つ黒子くんに事の次第を全て話した。知らない人に誘拐されたこと、見捨てると思っていた兄が探してくれていたこと、理由は分からないけれど今兄と同居していること、洛山の先輩と話してみて関係の改善を図ろうと思ったものの未だに行動に移せていないこと。

「…小さい反抗期みたいなものだったのかもしれない。自分が凡人なのを棚に上げて悲劇のヒロインぶって…周りの人間みたいに赤司くんの表面ばかり見てた」

『赤司くんも一人の人間ですからね』

「…ずっと誤解してた。秀でたものがなくて毎日親に怒られてて…三年の頃なんて殆ど口もきいてくれなかったから、赤司くんも親みたいに私のこと嫌いなんだと思ってた。それで、卑屈になってたのかも」

『……話は大体分かりました。誕生会といっても、8時だヨ!キセキ集合!!なんて事は出来ませんが、構いませんか?』

いつからキセキの世代は芸人になったというのか。
そもそも面識のあるキセキなんて兄と黒子くんと緑間くんとさっちゃんだけで、黄瀬くんとは挨拶くらいしかしたことないし青峰くんを知った時には既に練習をサボり始めた頃なのでちらっとしか見た事がない。紫原くんに至っては大きい事とお菓子が好きなことしか知らない。

「メンバーは私が集めるからいいよ。黒子くんには誕生会の場所の確保と飾り付けだけ、お願いしたくて」

『それだけでいいんですか?』

「うん。料理もケーキも私が用意するから」

『分かりました、ちょっと周りをあたってみます。……というか赤司さん、WC見に来るんですか?』

「見に行く、っていうか同行するみたいだよ。まだ決まってないけど……えっと、今ちょっと体調崩してて」

『……例の風邪みたいなアレですか?』

「…情けないよね」

久しぶりに弾む会話に少しだけ涙が出た。中学時代は親が煩くてストレスばかり溜まっていたが、それでも友人と呼べる存在は居たから居心地は良かった。しかし今の生活は親からの干渉が無くなった代わりに友人が一人も居ない。一人での生活。一人での登下校。一人での食事。…一歩を踏み出せた暁には新しい友人も出来るだろうか。

通話が終わり待ち受けに戻った液晶に零れた涙を拭って、シャワーを浴びるべく用意していた着替えを持って立ち上がった。