「畜生!これだから女ってやつは!!」

綺麗にメイキングされたベッドをだむだむと乱暴に殴りながら彼はがなる。先程自販機で購入したミルクティーの缶を傾けつつスツールに座ってご乱心の様子を傍観する。共に来た二人の後輩の目は死んだ魚のように虚ろで、もう何が起きても動じないようだった。毎晩この学園に忍び込んでいたらチキンハートも鋼の物に生まれ変わるんじゃないかな、なんて考えつつ目の前の彼、人体模型が落ち着くのを待った。

七不思議の四つ目はピアノに引き続きベタなもので、保健室にある人体模型が動いたり襲ってきたり話しかけてきたりすると噂されている。まあ、噂通り彼は動くし話すし気性が荒いから人を襲ったりもする。夜な夜な校内に響き渡る悲鳴の原因は大体こいつなので、生物室の魚達の愚痴は九割こいつの騒音についてだったりもする。

「今日も保健委員の奴等にのろけやがって!今日は彼氏とデートなのぉ?あぁあぁそうかよぉ良かったなぁこの「ぴー」!んでもって「ぴー」で「ぴー」で、授業中に「ぴー」使って「ぴー」ってるくせに…ってぴーぴーうるせぇええ!!」

「言っとくけどの原因はアンタの発言しようとしてる内容だからね?保健医の淫らな性生活なんて微塵も興味ないったら」

「俺はちょっと、いやかなりありますけど!」

「シャラップ!」

廉造にエルボーをお見舞いして黙らせた所を見て大分落ち着いたらしい人体模型と向き合うと不機嫌そうに舌打ちを鳴らしながら足を組んでベッドに座った。ミルクティーももう無いや。そう呟いて缶をぺこぺこと音を立ててへこませていると、人体模型が窒素より軽い口を開いた。

「っつーかよぉ、テメェ。おいテメェだよ名前ちゃんよぉ」

「なあに、もっくん」

「そのもっくんて呼ぶのを辞めろッッ!!テメェ今更何でもない顔して戻って来やがって…あれから何年経ったと思ってやがる」

「知らないなーあーあとそれともっくん、私が保健室来る度に此方睨むのマジ辞めて。ピアノも魚も体育館のも大人しくしてくれてるんだし、お前もそろそろ短気直せよ」

「テメェこそ『わあこの人体模型可愛いですねうふふ』とか言って俺の内臓解体すんの辞めろ!腹ン中すーすーすんだよ!」

「テメェの内臓事情なんざ知ったことか」

「テメェェエ!……も、何だよ…前はもっと会いに来てただろーが…」

まるで悪友と数年来の再会を果たしたかのように言い争いを繰り広げていたものの、不意に人体模型ががっくりと肩を落として項垂れる。珍しい、あんたにもそういうしおらしい所もあったのか。そういえば以前はピアノや魚や体育館なんて呼んでなかった気がする。もっくんみたいにあだ名で……ううん、ダメだ思い出せない。何回も三年生やってる内に忘れてしまったようだ、ここ十数年はメフィストの手伝いやら愉快な志摩家の仲間達と戯れてセイシュンしていたせいかもしれない。

「もっくん、ちょっと聞きたい事があるんだけど」

「ンだよ…最近俺ァ悪さしてねーぞ!そりゃ体操選手の真似して廊下でバク転決めたり側転の練習したりはしてっけど…得体の知れねー奴がその辺うろちょろしてっからよぉ」

「それだ!!」

「どれだよ!!」

感情の起伏が激しいもっくんの言動の中に気になる物を見つける。得体の知れないもの、七不思議の一つであるもっくんにそう言わせるなんて一体どんなものなのだろう。もっくんから詳しく話を聞く私の視界の端で黒い靄が蠢くのを勝呂や廉造が口を開いて眺めているのに気づかない儘、時間は刻々と過ぎて行くのであった。

- ナノ -