生物室から体育館までの道程の中で何故かメジャーな七不思議といえば何かという話題になり花子さんや目が光ったり血が垂れるベートーベンの話が上がり、今は二宮金次郎についての話が廊下に響いている。

「最近の子って金次郎知ってんのかな…」

「金次郎の噂って色々有りません?やれ動くだの、薪の数が違うだの、金次郎が持っとる教科書を読むと呪われるだの」

不気味さを際立たせている非常口の緑色の灯りを越えて階段を下り広く長い廊下をひたすら歩み漸くぴたりと隙間なく閉まった体育館の扉の前に辿り着く。廊下を歩んでいた時から気のせいや気のせいやと思い込んでいた異音は扉の前で一際強く響いた。
“誰か”がおる。“誰か”が扉の向こうでボールをリズムよくバウンドさせとる。怯える域を通り越し既に目が死んでいる志摩の横で先輩はよく分からない表情を浮かべつつ体育館の扉へと手を掛けた。

体育館の床、バスケのフリースローラインの辺りで一定のリズムでボールが打ち付けられとる。その度に振動が此方にも伝わってくる。キュ、とボールが音を鳴らし宙で一瞬止まったかと思えば放物線を描いて真っ暗な体育館を舞い、パサリという音と共にネットを潜り床へと落ちる。

「彼は大会前日に事故死したバスケ部レギュラーでね。相当無念だったんじゃないかな、化けて何年もこうやって練習を続ける位には」

フリースローラインからスリーポイントラインまで下がった場所から放たれたボールがリングの中でくるりくるりと回転して床へと吸い込まれるように落ちていく。
ただひたすらにボールをシュートするだけの霊、そう分かれば恐怖心というのも薄れる。志摩がほうっと息を吐き出し漸くいつものような曖昧な笑みを浮かべる。

「七不思議言うからてっきりおっそろしいのばかりやと思てましたわ。ピアノ、魚、バスケ…なんや大人しいんばっかですね」

「うん、七不思議はそれぞれ影響しあってるんだ。例えばこのバスケの霊は練習の邪魔をされれば怒り狂って手が付けられなくなる。…そうすると他の七不思議も機嫌が悪くなってタチが悪いのだと数日程異次元空間に閉じ込めちゃったりするから」

「……俺、この後玄関待機でええですか?」

「あかんに決まっとるやろド阿呆」

「これはあくまで推測だけど、今回の生徒が行方不明になってる事件…七不思議は関係無いかもしれない。一応裏を取る為にもう幾つか七不思議を回るけど、ここからは危険を伴ってくる。何が起こっても私の指示を聞くように」

先輩の表情が一気に引き締まる。まるで「今回の事件の犯人が七不思議だったら軽くどついてやろうと思っていたがこれは事情が違う」と言いたげで、俺は何から突っ込めばええのか分からずただ言われた儘に首を縦に振った。
未だ続くシュート音を背に体育館の扉を閉め次の七不思議の元へと向かう先輩の後ろ姿を見て俺は一つの仮説を立てた。
永遠の高三。七不思議について情報通、しかも知り合いのような節がある。理事長と懇意な間柄。

先輩は七不思議の一つ、もしくは七不思議を束ねる悪魔かもしれん。

場合によっちゃ戦闘も視野に入れなあかん、そう思って常時手首に巻いている数珠を手繰り寄せ握り締める。悪魔祓いに通ずる柔造や蝮が先輩に懐いている事が仮説の矛盾点だが、それ位力が強い悪魔なのかもしれん。
怯えきった情けないツラを下げて俺の隣を歩む志摩にどうやってこの事を伝えたものかと心の中で頭を抱えた。

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