娯楽というものは単純で薄っぺらで面白く、複雑で奥深くつまらないものだ。 いつものように負けたら罰ゲームという賭けをして挑んだオセロは殆ど真っ黒になって終わってしまった。あれよあれよという間に四隅を取られ手駒である白が黒に侵略されていく様は最早潔ささえ感じられた。 「オセロも駄目、チェスも駄目、トランプもウノもペタンクもダーツも駄目。私一体何で勝負したら勝てるのか分からなくなってきた」 「灯台もと暗しという諺の通り、ワタクシの弱点も意外な場所にあるのかもしれませんよ?」 「ドヤ顔で言うな殺意がわく」 メフィストによる最後の一手が投じられるのをティーカップの端をがじがじかじりながら眺めているとはしたない、とメフィストが呆れ顔を浮かべて残り少ない白をひっくり返して黒へと変えていく。 「罰ゲームですが」 「えっ、もう決めたの?」 集中していたせいかやけに眠い。 欠伸を噛み殺しながらオセロを片付けようと手を伸ばしかけた私は、早々に罰ゲームについて語り始めたメフィストに瞠目するあまり罰ゲームの内容を殆ど聞き逃してしまった。聞き直してもあの似非ピエロはにやにや笑うだけで何も言わず、漸く深夜零時に学園の正面玄関に来る事だけを聞き出す事が出来た。 もうやだつかれた…、と頭を抱えながら寮に戻る為に部屋を出て行くメフィストは静かに目を細めて愉快気に笑みを浮かべ、傍らに置かれたティーカップに口を付けるのだった。 「そろそろ貴女の物語にもフィナーレを迎えさせましょう、名前」 雲一つ無く町全体が月光に包まれた深夜、目を開ければ目の前には月明かりに照らされいつもと違う雰囲気を纏う正十字学園の姿が其処にあった。そして正面玄関の前には私の他にも人影が、二つ。 警戒しつつ玄関に近付いて行けば、人影の内の一つが私に気付いて驚いたように肩を跳ねさせた。 「名字先輩ですやん!こないな時間に何しとるんです?」 ラフなTシャツにサルエルパンツを履いた可愛い後輩の一人、志摩廉造が持っていた錫杖の然り気無く背中に隠しながら愛想笑いを浮かべている。学園に来いというから律義に制服を着てきたというのに、寧ろ私が浮いているような気さえする。特にやましい事はないので問いには素直に答えて此処に来た経緯を説明する。 「この通り、制服だから学校に用事。…っていうか、メフィストに呼ばれただけなんだけど」 「……何やて?」 メフィストに呼ばれたという私の説明に反応を示したのはもう一つの人影こと勝呂竜士、これまた私の可愛い後輩の一人だ。 ランニングを兼ねているのかTシャツにハーフパンツと生真面目な勝呂にしてはこれまた軽い服装を纏っている。 渋い顔を浮かべて腕を組み何事かを考え込む勝呂の代わりに廉造に説明を求めれば二人もまたメフィストに任務の為此処に来るように言われ、ガイドを呼ぶからその人に従って行動するようにと指示された事を教えてくれた。 因みに任務というのは、この世に蔓延る悪魔を退治する祓魔師になる為の修行のようなもので勝呂と廉造は候補生として簡単な任務をこなしている。 「そういえば最近学園で妙な噂が流れとるん、坊と名字先輩は知っとります?」 生暖かい風が吹き抜けるだけで会話が無くなってしまった場を繋ぐ為なのか、はたまた目の前の学園の雰囲気に圧倒されたのか廉造が突拍子もない事を言い出した。 妙な噂、学園に入ればこの時期自然と耳に入って来る話だ。「生徒が何者かに襲われる」、「真夜中の学校に忍び込んだらもう二度と戻って来る事は出来ない」、所謂怖い話である。桜の散った頃にふわりと浮かぶように話が持ち上がり、蝉の声が聞こえなくなる頃に自然と沈んでいく。 「つまりその何者かに襲われとる奴を助けろっちゅーことか?」 「違うよ、その"何者か"に二度と悪さ出来ないように懲らしめろって事だよ」 「…心当たりがあるんですね?」 廉造の言う通り、生徒達を襲う"何者か"には残念ながら心当たりがある。オセロで対決した昼間、三隅を取られて試合を放棄した私に珍しく零れんばかりの笑みを浮かべていたのはこの事だったらしい、あの笑顔が段々ドヤ顔に見えてきて苛立ちを感じてくる。 「七不思議、だよ」 「え?」 「噂の原因。正十字学園には七不思議があって、そいつらが悪さをしてる。それだけ」 「そいつら…悪魔か?」 「この学園はメフィストが結界を張ってるし、名前が付く程の大物はいないと思うよ。中級程度の悪魔かな」 「正十字学園にも七不思議なんてベタベタなものもあるんやなあ…」 「どれが悪さをしてるのか分からないし、取り敢えず一つずつ回ってみようか。玄関の鍵は多分メフィストが開けておいてくれてる、筈……」 いつも登校する際に開閉している馴染みのあるドアに手を掛けてみるも、鍵がかかっていて開かない。端から端まで、どのドアもぴくりともしない。 七不思議を巡る為に必要な行動の一つである「学校に忍び込む」を早速阻まれ、後ろからの二人分の視線を感じつつ気の一つも利かせられない似非ピエロに強い殺意を抱くのだった。 |