十円玉を弄びながら呆けた表情をしている後輩二人に更に説明を重ねてみる。 「私って色んな所から出て来るじゃない?あれもこっくりさんの力なんだよね」 勝呂の足元から出て来たり、押し入れやら塀の向こうやら何やら。とにかく場所があれば一時間という時間制限があるものの、何処にでも行くことが出来る。気付いたのは柔造が卒業して少し経った位だったから、極々最近の事である。 「こーんな風に」 二人の背後に回ってそっと肩に手を置けば過剰な位に反応を示した二人は振り返って私の手を払い除ける。 「ほんなら神隠しに遭った生徒達は先輩が…!?」 「あー、それは関与してないよ。でも神隠しの原因は確実にこっくりさんだろうね」 ずずず、と肥大し続けている黒い靄は丁度今行方不明になっている生徒達が折り重なったら丁度これ位の大きさになるだろうな、と思える程巨大化している。食べた、というか取り込んでるというか。人間の生気を奪っているせいか、かなり力も増している。こりゃ七不思議達も手が出せないわけだ、納得。 「私はともかく、この儘だと二人も食べられちゃうよ」 「せ、せやかてこっくりさんの祓い方とか知らんし!坊、何か知りまへんのん!?」 「分からん」 「ギャアアアアア詰んだァアアアア」 みしみし、廊下が軋む音が響く。巨大化を終えた靄は目の前の新たな餌を求めて両手とも両足とも言えない物を此方に伸ばしてくる。懐から取り出した錫杖で其れを払う廉造を横目に私は勝呂と向き合う。人差し指を立てながら。 「これを祓えるのは……」 「此処まで来たら誰でも分かるわ…七不思議の最後の一つ、やろ」 「中庭の公衆電話…七不思議、最後の一つだよ」 だだっ広い正十字学園の中庭のど真ん中にある錆びて古ぼけた公衆電話。たまに生徒達がふざけて電話を掛けようとしているが、とうに電話線が切れている為繋がるわけがない。だがしかし、とある条件を満たした時にだけ電話線が切れている筈の公衆電話からベルが鳴り出す。 ジリリリリ。 ジリリリリ。 「……ほら、ね」 「……」 此処からでも微かに聞こえてきる独特なベルの音。中庭からアイツが勝呂達を呼んでいるのだ。鈍い音と共に廉造が此方に走り寄って来るのを見て靄へと視線を向けると、腹を覆うように身体を丸めて唸っている。どうやら腹に錫杖で一発突いてきたらしい。動くなら、今しかない。 「私は電話に出られないから……此処から先は二人で行って」 「な…っ!そんなんあかんて!金兄にしばかれる!!今も電話もメールもがんがん来とるんに!!」 「うん、ごめん。でもアイツと話せるのは“人間”だけだから…私は、」 ドロリ、とぬめりが身体を這う嫌な感覚が全身に広がっていく。ダメージを受けたこっくりさんが私を取り込もうとしている。 「私は…今は人間とは呼べるものじゃないから…」 「……」 「……」 私の身体からも出ていた靄の量が増えていく。其れが何を意味しているのか理解した彼等は無言の儘私に背を向けた。階段を降りる音と共に暗闇に彼等の背中が溶けていってから、暫くして制服のスカートのポケットから携帯電話を取り出す。アドレス帳を引っ張り出し震える指で通話ボタンを押す。電話はすぐに、繋がった。移動しながら廉造が連絡をしてくれたのだろうか、かなりご立腹だったと聞いていたものの電話の向こうは無言だった。 「……」 『……』 「……金造」 『……はい』 ズルッ、ズルッとこっくりさんが身体を引きずって背後から私に迫って来る。これに取り込まれたら私はどうなってしまうのだろう。そう考えたら急に不安が押し寄せてきた。 「…金造…!」 『はい』 「……っ、」 『名前先輩』 「……う、ん」 『傍に居りますから。怖ないです』 視界が暗闇よりも黒く染まる。身体が震えて涙も止まらない。 突如強い力で人形でも掴むかのように私の身体が締め付けられた、其れでも私は携帯を握る手に力を込める。金造が直ぐ近くにいてくれるから、怖くない。 『ね?せやから泣かんといて下さい』 「…うん」 遠くで鳴っていたベルが鳴り止んだ。と同時に身体を締め付けていた力が急に無くなり、私は廊下の床に投げ出された。床に強かに頭を打ち付け、鈍い痛みと共に意識が遠退いていく。 「ふはー、お腹一杯。少し放っておいたらこんなにも美味しくなるんだね」 頭上から朗らかな子供の高い声が響いてくる。一度だけ聞いた受話器越しのノイズ混じりではない。 「……ねぇ。愛しいキミにさよならをしに来たよ。何処に行きたい?ねぇ、今一番誰に会いたい?」 「……」 「言わなくていいよ、だってボクは知ってる。キミの会いたい人が誰かだって。だって……ボクはずっとキミの傍に居たんだもん」 キミのチカラとしてね。 おやすみ名前、さよなら名前。 またいつか、ボクに会いに中庭に来てよね。そしたら今度こそキミを殺して七不思議に入れてあげる。 小さい手が私の頭をゆっくり撫でる。優しい手付きに身を委ね、妙な浮遊感に包まれた。これはいつも何処かへ行く時に全身を包んでいた感覚。ノイズ混じりの携帯を握り締めて、私は学園から旅立った。 |