ずん、と濃い影を落としながら文字通り頭を抱えて机と向き合う眼鏡を掛けて男を見て少女はバスタオルに包まれた頭を傾けた。先程まで少女の手を引いていた男――確か……そう、「りん」という名前――は少女の後にだだっ広い浴室へ冷えた身体を温めに向かったばかりだ。少女は「りん」から借りたTシャツと半ズボン姿でいそいそと己の頭を拭いてタオルドライを済ませる。

沢山のテーブルと椅子が置かれた浴室に引けを取らない広さの部屋の中をぐるりと見渡すも眼鏡の男との間に流れる気まずい雰囲気の打破には繋がらない。どうしたものかと肩に掛けたタオルを握りながらうんうんと考え込む少女の耳に、恐らく声を潜めているのであろう眼鏡の男のぼやきが聞こえてくる。悲しいかな、男のぼやきは静黙している少女の耳に届くには十分な声量だった。

「ただでさえ家計がきつきつなのに…ヒト一人拾うっていう事がどういう事なのか分かってるのか分かってないのか…」

少女は漸く眼鏡の男が自分を快く思っていない理由を理解した。単純明快、彼等は万年金欠であったからだった。金、金、金。金とは生きていく上で必ず必要になるものだ、今年で十二になる少女にも十分分かりうる事である。
風呂から上がった際にスカートのポケットに入れていたものを取り出す為、少女は半ズボンのポケットの中へと徐ろに手を突っ込んだ。静寂を引き裂く乾いた紙の擦れる音に眼鏡を掛けた男は何事かと顔を上げ、少女が取り出した物を見るなり眼鏡の奥の瞳を丸めて数秒固まってしまった。

にゃー、とか細い声で鳴く黒猫を枕の横に寝かせながら、少女は一人ベッドの上でぼんやりと天井を見上げていた。手切れ金と称して突き付けられた数枚の紙幣はどうやら袖の下の役割を果たしてくれたらしい、というのは風呂から上がった「りん」が戻ってくるなり眼鏡の男は少女の頭を撫でながら「拾ったからには兄さんがちゃんと面倒見てね」と先程までの暗い雰囲気の欠片も見せずにそう言い放ったからだ。
眼鏡の男もとい「ゆきお」はそれ以上何も言わず寝床は有り余る程あるにも関わらず寝具が二人分しかない事に悲観しつつ、清潔が保たれた「ゆきお」のベッドを一晩借り「りん」と「ゆきお」は仲良く一つのベッドで寝る事を提案した。拾った身で意見を言う気などさらさらない少女は一度頭を縦に振る事で肯定の意を示した。

「狭っ!もっとそっち行け!」

「もう行けるわけないだろ。兄さんこそもっと詰めてよ」

せわしくごそごそと身動ぎしながら文句を言い合う兄弟の声をBGM代わりにして少女は目を閉じる。
今日くらいは何も考えずに眠りたい。己に関する説明については明日に、そう考えながら久しぶりの柔らかい布団に顔を埋め程なくして眠りに就いた。

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