買い物の為にスーパーへ寄った燐が不意に足を止めたのは決して極稀に出没するという魍魎の集合体に遭遇したわけでも、空から好物のすき焼きが落ちてきたわけでもない。
夕焼けに燃える空の下、公園で一人ブランコに乗る少女が自然に目に入ってきた為だ。桜の木も薄桃の花弁を散らし青々とした葉を生やして過ごしやすい穏やかな日が続いているにも関わらず、ブランコを漕ぐわけでもなくただただ腰掛けて遠くを眺めるような眼差しの少女の姿はまさに心此処に在らずといった様子だった。

親か友達が亡くなったのか。桜の花弁が開花する頃に唯一の親である藤本獅郎を亡くしたばかりの燐には遠くを眺める少女の瞳が何故か他人事のようには思えず、その理由を探り当てて漸く無意識の内に留めてしまった自分の足に納得をしてしまった。父の墓を見つめる自分はああいう顔をしていたのか、はたまたあれよりもっと酷かったのかマシだったのか。あの時鏡は無かったものだから生憎とその問いには答えは出ない。

「(何考えてんだ、俺)」

今でもあの日の事を思い出す度に全身の毛が逆立つような寒気を覚える。魔神と呼ばれるサタンとの因縁が露見し、父に守られ、目の前で息絶え、本能の儘に刀を抜き人間を捨てたあの日の事。
サタンの息子だと知っていながら自分の息子だと言い張り己の胸を貫いた父が何を考え、己をメフィストに託そうと思ったのか。どんなに考えを巡らせても自分でも頭が悪いという自覚がある燐にはその答えに辿り着く事は出来なかった。

ざあ、と心地良い風が吹き燐や少女の頬を撫でる。少女以外誰も居ない公園内には風に揺れされたブランコがギイギイと軋む音と少女が身に付けている白いワンピースがばさばさとはためく音しか響かず、燐は視線を前に戻し再び家と呼ぶには少々古くて広すぎる家を目指して足を踏み出すのだった。


日々、己が通うには些かレベルが高い学校の授業と基本中の基本から習う祓魔塾の授業との併用で、少女との出会いも記憶が消えかけていた六月のある日。弟に睨まれせっせとノートに宿題を書き写していた燐の耳に入って来たのは屋根を叩く小さな音と隣でパソコンのキーボードを叩いていた弟の呟きだった。

「あ、雨だ」

授業のプリント作りの途中だったのかキーボードに両手を添えた儘窓の外を見つめる雪男の言う通り、昼まで晴天が広がっていた空はいつの間にかどんよりとした厚い雲に覆われている。ぽたぽたと降りだした雨は徐々に勢いを増し、十分と経たない内に本降りへと変わる。これは夜まで降るだろうな、会社帰りや部活帰りの人達にどんまいと心の中で言葉だけの励ましを送った燐の頭に浮かび上がったのはいつか見た少女の遠くを眺める眼差しだった。
あれから少女の姿は見ていないが、その後一体どうなったのだろう。ちゃんと悲しみから立ち直り己のように他人に支えられながらも前を向けているだろうか。…未だ、あの眼差しで遠くを見つめているのだろうか?
沸き上がった疑問は留まる事を知らずとうとう燐は塾の宿題の問題を解いていたシャーペンから手を離しがたりと椅子を鳴らして突如立ち上がった兄に雪男は一瞬驚きを含んだ表情を浮かべ、直ぐに宿題は、と平常より気持ち低めの声音で兄を抑止させようとした。

「悪い、夕飯前には戻る」

「え?あ、ちょっ、兄さん…!」

安っぽいTシャツにハーフパンツといったラフな格好の儘部屋を飛び出して行った兄を追い掛ける事も出来ず雪男には暫く焦ったような兄の顔の意味が理解出来ず、追おうにも身体能力だけは有り余る位に恵まれている兄の足に追い付ける筈もなく。雪男は暫くもやもやとした感情を胸中に広げた儘キーボードを叩かねばならなかった。

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