◎神出鬼没シリーズ

仮眠室の一角に積み上げられた色とりどりの箱の山を見ているだけでも気分が下降していく。ここ数日の任務続きで気が滅入っとる時にやってきた二月十四日。学生の頃はタダで腹を満たす事が出来る上に周りから羨望の眼差しを向けられ満更でもなかったが、成人してからは出張所や自宅にも押し掛けられ正直鬱陶しいものにしか感じられなくなっていた。今年は任務続きの身体では受け取る気力すら残っておらず出張所に渡しに来たものは断っておくように言っておいたのだが、金造の阿呆が変な気を回して全て受け取ってしまったのが仮眠室の一角にある山にあたる。今日は家に帰りたないなあ、なんて愚痴を零して事務の人が押し入れから出してくれた布団に転がって静かに目を閉じた。


ふわりと香るチョコレートの匂いで意識が首をもたげた。さっき注意したばっかやのに…また金造の阿呆か。いっぺんどつかな分からんかと物騒な事を考えながらぱちりと目を開けてみるも、仮眠室の一角の山は増えるどころか少し崩れて減っているではないか。布団から身を起こすとまたチョコレートの匂いが漂ってくる。匂いの元を辿ってみると申し訳程度に置かれているちゃぶ台の上に見慣れないマグカップが湯気を立てていた。

「……これ」

白いマグカップは使い古されていて側面に描かれたへんてこな猫のプリントは所々が剥げている。彼女と同じ高校三年になり卒業を間近に控えた二月、珍しく寮を訪ねてきたかと思えば手渡されたバレンタインチョコのお返しに初めて入ったファンシーショップで購入した、間違いない。これは俺がホワイトデーに名前先輩に渡したマグカップや。

「いきなり押し入れからマグカップ持って出て来たもんやから吃驚しましたわ。正十字学園の制服着とったし放っておいたら"コイツこのチョコ食わないですよね、貰っていきます"とか言うてゴディバだけ持って帰ってましたよ」

仮眠室で共に仮眠をとっていた隊員に話を聞けばからからと笑いながら質問に答えてくれた。食えるもんなら何でも食う金造とは違てチョコレートだけは高級品を好む先輩がチョコの山を崩してゴディバのロゴが描かれた包装紙に包まれたチョコだけを抱えて押し入れの中に戻っていく様子が安易に想像出来た。
小さく溜め息を吐いて携帯を開けば着信とメールが一件ずつ、両方先輩からやった。
メールを開けば「電話しても出なかったので押し入れから突撃しました。柔造の寝顔ごちでーす」と末尾に星の絵文字が添えられた本文と共にいつの間に撮っていた俺の寝顔の写メが。おいコラゴディバ持ってった事にはスルーかい、口元が引き攣るのを感じながらも仮眠をとって苛々が軽減されたのか怒りはわいて来なかった。
ひゅーひゅーと冷やかしてくる隊員に錫杖で一発どついてからマグカップを口元に運ぶ。口内に広がるホットチョコレートは上品な甘さはゴディバのミルクチョコレートの味。飲みきったら先輩にお礼のメールを入れて、それでもやっぱりゴディバを持ってかれたんは何や悔しいから今日の任務が終わったら金造を一発どついたろうと決意した。そう考えたら任務も前以上に頑張れる気がして俺って案外単純なんやなと思えて、何や笑えてきた。