女子達の耳障りな声が響く教室を一瞥すれば沢山の女の子に囲まれて困ったように眉を下げて対応にあたる想い人の姿があった。

「すみません、甘い物は苦手なもので…」

お気持ちだけ頂きます。
女の子達の声に混じって聞こえてきた言葉が私の胸をぐさぐさと刺さる。普通科の自身のクラスに戻って鞄を開けば黒い包装紙で包んだ正方形の箱。見間違える事はない、昨日の夜クラスの子達と作ったチョコレートトリュフが入っている。あの言葉を聞かなければ今頃私もチョコの受け取りを遠回しに拒否されがっくりと項垂れる女子達の一部になっていたのかもしれない。


授業が全て終わり、寒風吹き荒れる屋上には当然人は居ない。正十字学園自体が高い所に建っているせいで風は強いし寒いしで十一月を過ぎてから此処を訪れる者は私を除いていなくなってしまった。まあ、そもそも屋上は立ち入り禁止なのだけれど。
風避けに丁度良い貯水タンクの裏側に回って授業中膝に掛けているブランケットを肩に掛け体育座りで冷たいコンクリートの上に座る。屋上に行く道中自販機で購入したミルクティーの缶のプルタブを開けながら鞄から黒い包みを取り出す。ミルクティーを一口啜り暖をとってから意を決して丁寧に折り畳まれた包装紙を乱暴に破って剥がしていく。
ぱかりと開いた箱の中に四つ程鎮座しているココアパウダーを被ったトリュフを一つ摘まんで口内に放り込もうとした所、頭上から伸びて来た手によってトリュフを取り上げられてしまった。何だよちくしょう邪魔すんな。反射的に顔を上げて悪態を吐こうとした口が開いた儘なのは摘まんだトリュフを興味深げに眺めている人物が先程まで私がチョコを渡そうとしていて「甘い物は苦手」宣言をしていた奥村雪男ご本人だったからだ。

奥村雪男は暫くの間品定めをするような目付きでトリュフを見つめたあと、私の手元を覗き込みまだトリュフが残っているのを確認すると躊躇いなく摘まんでいたそれを口の中へと放り込んだ。いきなり現れたいきなりチョコを奪ったかと思えば有無を言わずに食べてしまった彼の行動は先程教室で放った言葉とは矛盾している。その矛盾が頭から抜けずフリーズしている私を余所に奥村雪男は私の手元の箱すらも取り上げ残りの三粒も全て奥村雪男の胃の中へと納まってしまった。指についたココアパウダーを舐め口に広がる苦味に眉を寄せている奥村雪男を見て漸く我に返った私はわなわなと唇を震わせながら奥村雪男に向かって初めて言葉を放った。

「な、何で…甘い物は苦手だって…」

「貴方が食べているものは全て美味しそうに見えるもので」

まるで。まるでずっと私の事を見ていたかのように彼が言うものだから一瞬思考が再び止まりかけてしまった。ふう、と奥村雪男が吐き出した息は白く濁り風に吹かれて風下へと流されていく。
言葉を紡ぐ余裕もなくただただ黙って見上げている私に嘆息した奥村雪男は私の近くまで歩み寄って来ると静かに膝を折って私の目線に合わせて屈み込んだ。

「兄から聞きました。貴方は俺を"迷子の寂しがり屋"だと評したと」

夏の暑さに頭をヤられていた時だ。いつものように愛想笑いを張り付けて周りを囲む女子達と会話をする奥村雪男を廊下で一瞥してから、自分のクラスの席に座った私は頬杖を突きながらふと漏らした。「奥村雪男は他人と距離を置いているくせに寂しそうな顔をしている。自己主張を何処かに落とした迷子なのかもしれない」と。
騒がしい昼休みの教室の中では聞き取るには困難な声量だっただろう。しかし少し離れた所にある窓際の席に座っていた奥村雪男と血の繋がった双子の兄だけは違ったらしい。気だるげに椅子の背凭れに寄り掛かりながら窓の外の入道雲を眺めていた視線を私へと向けた後、よく見てるんだなと僅かな苦笑を交えた表情でそう言った。

「あの時の私は色々ヤバかったんだよ」

「色々、とは?」

「暑いのとか、テストの点数とか」

もうどうでもいいやあーと投げ捨てるように呟いて立ち上がり羽織っていたブランケットを畳む。トリュフが入った箱を奥村雪男に押し付けて屋上の扉へと向かう。今日はもう帰って寝よう、寝て、寝て、寝まくってそれから後悔しよう。くるりと振り返ってみると奥村雪男は箱を抱えた儘ぽかんとした表情で私を見つめている様子は教室にいる時の彼とは違って年相応に見えて何だか笑いが込み上げて来た。

「それ、本当はあなたに作ったものなんだ。食べてくれてありがとう」

あばよ!呆けた顔の奥村雪男に微笑混じりに捨て台詞を吐いて駆け足で屋上を飛び出し一気に階段を駆け降りて行く。上履きからローファーに履き替えて再び寒風吹き荒れる外へと飛び出して寮に向かって駆ける足を止める事は意地でも止めたくなかった。上から注がれる視線の先を辿りたくなくて、必死に足を動かした。
言い逃げしたって捨て台詞を吐いたって結局次の日には彼に捕まりチョコトリュフは本当に自分に作ったものなのか、どうして自分にチョコを作ったのかと尋問される未来は変わらないのであった。