どんよりとした暗い灰色が広がる曇天の下、ヒールのないショートブーツをこつこつと鳴らしながら正十字学園の校門の横でうろうろする私はさぞかし不審だっただろう。こういう時女で良かったと感じつつも学校を出る生徒達の視線はやはり痛い。ワンピースの上に羽織ったコートの袖や裾にあしらわれたレースを指に絡めながら目当ての人物を待っていると程なくしていつもの三人組が階段を下りてくる姿が見えて緩く手を振る。私に気付いたのかピンク髪がぴょこぴょこと跳ねては隣にいる勝呂くんに頭を叩かれていた。やっぱり私の彼氏は馬鹿だ。あ、関西の人に馬鹿って言ったら怒られるんだっけ、なら阿呆だ。志摩廉造は阿呆。

「名前ちゃーん!すごい!初めてや!お迎え!」

「勝呂くん、三輪くんこんにちは」

「おん」

「名字さんこんにちはー」

「ええええ無視!?無視ダメ!絶対ダメ!」

今すぐ走り寄りたくてうずうずしている廉造は首根っこを勝呂くんに掴まれて校門までやってきた。いつもより三割増しで煩く喚く廉造を軽くスルーして勝呂くんと三輪くんに挨拶してから廉造と向き合う。めそめそしくしくと両手を顔に当てて泣き真似をしていた。あんまり可愛くは…ない、と思う。

「コイツ借りていっていい?」

「寧ろ引き取って下さい。朝からほんま煩くってしゃあなかったんですわ」

「そっかそっか…ごめんね。はい、チョコ。今日は塾無いらしいから二人にだけ、特別」

「おおきに、戴きます」

「ありがとうございますー」

「えっ」

手にしていたピンクと茶色のチェック柄の紙袋から取り出した半透明の包みを取り出して勝呂くんと三輪くんに渡せば廉造がぴしりと固まってしまった。俺には、と言いたげにあんぐりと開いた口が滑稽で廉造のは家にあるよと言えばほう、と安心したように息を吐き出した。それでも表情は少々不機嫌気味なのでさっさと家に帰って機嫌を直してしまおう。

「じゃあこれ借りるね。門限までには返すから」

「志摩ァ、駄々捏ねるんやないぞ」

「お泊まりはあきませんよ、週末から期末考査なんですから」

「ぎゃー子猫さんそれ言わんといてぇええ」

「チョコは課題片してからだね」

「ギャアアアア名前ちゃんの鬼ー!!」

本格的にぐずりだした廉造を引き摺って私の家に向かって歩き出す。角を曲がって見えなくなるまで私達を眺めていた勝呂くんと三輪くんが廉造のご両親に見えた。あながち間違ってはいないだろう。
家に帰って来てブレザーだけを剥いでハンガーに掛けてから炬燵に突っ込んで課題をやらせている間、私は廉造の分のバレンタインチョコの支度をする為に冷蔵庫を開ける。バナナと苺、オレンジ、マシュマロにスーパーのオリジナルブランドのビスケット。取り出したフルーツを一口大に切り分けてボールに放り込む。マシュマロとビスケットはそれぞれ小皿に盛り付けて準備完了。
チェック柄の紙袋の中に残っている丼程の大きさの箱を取り出し、私は小さく笑みを浮かべて箱に書かれた説明書きを読み進めていった。

乾いた布巾二つを使ってレンジの中から取り出した容器を居間に運べば、廉造は丁度課題を片付けて首を鳴らしている所だった。私の持っている紙製のカップラーメンのような形の容器を見て首を緩く傾け、何ですかそれと静かに問い掛けてきた。匂いで分かるくせに私からの言葉を求めてくる廉造は相も変わらず甘えただ。

「廉造へのバレンタインチョコでございます」

「やっとや!やっと出て来た!…で、何でこれはドロッドロに溶けとるんですか?」

「チョコフォンデュだからね、ドロッドロじゃないと楽しめないよ」

そそくさと勉強道具をしまい消しゴムのカスを手早く纏めてゴミ箱に捨てる廉造に苦笑しつつ容器を置いてから続いて果物が入ったボールとビスケットとマシュマロの小皿を容器の周りに置く。最後に長い竹串を私と廉造が持てば準備完了。

「…で、何で名前ちゃんも食べる気満々なん?」

「廉造だけずるい。私にも食べる権利はあります」

「横暴やね、でも其処も好き」

深々と刺したバナナをチョコに絡めて口に放り込む。ちょっと甘ったるい、けど美味しい。バレンタインをチョコフォンデュにしようと思ったのはエロ大王の撮影の時にスタッフさんが差し入れてくれたコンビニで売っているチョコフォンデュを食べてからだった。チョコフォンデュなら普通にチョコを作って渡す時より廉造と一緒に居られる時間も増えるし私もチョコを食べられる。チョコフォンデュはレンジでチンするタイプだし用意するものは数種類の果物と安物のマシュマロとビスケット。これだけあれば恋人と甘ったるい充実したバレンタインが過ごせる。
目の前でチョコを絡めた苺を頬張ってへにゃりと表情を緩める廉造を見ていると私も自然と笑ってしまう。暫く楽しんでから食べた食べたと満足気に寝転がった廉造を見てそろそろ頃合いかと立ち上がる。名前ちゃん?と名前を呼んで先程のように可愛らしく首を傾ける廉造ににっこりと笑って倣うように首を傾けた。

「余ったチョコを有効活用しようよ」

廉造くん、あなた忘れているようだけど私これでもエロ本のモデルなんだ。スタッフが差し入れたチョコフォンデュの余りがナニに使われたかなんて、今月のエロ大王のバレンタイン特集を見ている筈の廉造なら分かるよね?
撮影で散々犯されても男優の優しい―ぬるいともいう―攻め方は私の身体を煽る材料でしかない。チョコが入った容器を抱えて廉造の身体の上に跨がった私を見上げる廉造の顔は真っ赤に染め上がっていた。