兄のお古のMDプレーヤーがキュルキュルとMDを読み取る音を立てながらお気に入りの歌手グループの曲を流していく。
夕方のオレンジ色の陽光が校内を染め上げ、眩しい光に思わず己の腕を持ち上げ影を作る。バナナオレでも飲もうかな、と下駄箱までの道を遠回りしてパックジュースが売ってある自販機がある裏庭への廊下を歩んでいく。大分遠回りして漸く目的の青い自販機が見えた所で、私は念願のバナナオレを買うことなく元来た道を戻る羽目になる。ああ、バナナオレ飲みたかった。細やかな日常が音を立てて壊れていくのを感じながら私は教室に戻り改めていつものルートで下駄箱へと向かう。
私がこんな無駄足を喰らう羽目になったのは、私の彼氏がバナナオレを売っている自販機の影で女と抱き合っていたからだ。


私と彼氏である志摩くんが付き合い始めたのは去年の秋。
夏の体育祭の時に同じ組になった私に一目惚れしたといって告白して来た志摩くんに私がOKを出して付き合い始めた。
同じクラスの親友も「名前の初カレだ!」と手を叩いて喜んでくれたし、志摩くんの友人の勝呂くんと三輪くんも志摩をよろしく頼むと頭を下げてくれた。
でも、志摩くんは塾に通っているし、私は帰宅部だし。互いにクラスも違う。女好きで節操無しとの悪名高き志摩くんが他の女に手を出し始めたのは付き合い始めて直ぐの事だった。

最初に手を出したのは私と同じクラスの子。そこから私と同じ委員会の子、私と同じ中学出身の先輩、寮で同室の子。体育祭の時に優しく指導してくれた先輩、偏頭痛持ちの私の最後の砦である保健の先生などなど。
キスすらした事のない私を放った儘、言い出したらキリが無いくらいに沢山の女の子をたぶらかしている。

最初にクラスの子にカミングアウトされた時はびっくりしたしちょっと悲しかった。勝呂くんや三輪くんが何故か謝ってきたが二人は悪くないので取り敢えず「私は気にしてないから大丈夫」と答えた。すると志摩くんの女遊びはどんどんエスカレートしていき、ついには志摩くんに口説かれた女達が何やら勘違いしたのか屋上に呼び出して来たりもする。キイキイと高い声を張り上げて「志摩くんと別れなさいよ」と叫ぶのももう慣れっこになりつつある。私はかったるいのでこの手でつっかかってくる女には同じ言葉を返すようにしている。「興味無いから、どうでもいい」。勿論何も感じないわけではない。私だって人間であり一度しかない青春時代を過ごす女子高生なのだから傷付いて嫉妬したりもする。つっかかってくる女達のすっぴんを隠す化粧を全て剥ぎ取って志摩くんに突き出して「こんなに化けてる女を口説きたいのか!」と公開処刑じみた事をしてやりたい。
それでもその醜い嫉妬心を内側に隠した儘なのは、きっと私を好きだと言ってくれた志摩くんの言葉がプライドになりつつあるからだ。志摩くんの彼女という立場が私の本音を全て包み込んでくれた。
志摩くんや浮気相手の女達に何一つ文句を言う事なく、私はただただ面白味がない毎日を過ごしている。

「ほんと、名前相変わらずねぇ。冷めてるっていうか、クールっていうか」

「だって興味無いもん」

「うんうん!でもそんなサバサバしてる所が私は大好き!」

「わあっ…あっ!ごめんなさい!」

内側に燃え盛る嫉妬の毒々しい炎に気付く事なくダークブラウンに染めた髪を緩く巻き化粧もばっちり決めている友人は私をクールだサバサバだと讃えてはきゃっきゃっと騒いで私に絡んでくる。ああ、次に志摩くんの甘言に惑わされるのはこの子なのだろうな、そんな事を考えていると友人からがばりと抱き付いてきた為に廊下を歩いていた男の子にぶつかってしまった。文句を言われる前に慌てて頭を下げてぽけっと私にしがみついた儘呆けている親友の頭を掌で押して下げさせる。

「ほら、アンタも謝る!」

「ああー、ごめんねっ?」

「…や。俺も余所見してたから、悪ぃ」

頭を下げた私達に降って来たのは文句や暴言ではなく、何処かぶっきらぼうで謙虚な謝罪の言葉だった。床に向けていた顔を上げる頃には茶髪の男子生徒は行き交う生徒達の波に呑まれて見えなくなってしまっていた。見た目とのギャップというのを生まれて初めて体験した気がする。
次の授業は移動教室なので早く移動しなければいけない事を思い出し私は友人の腕を引っ張って歩き出す。生徒の波の中から此方を黙って見据える視線にも気付かずに。


昼休み。
さあご飯だといった所で急にずきずきと痛み出した頭に昼食を摂る事も出来ず弁当を抱えて保健室に向かう。頭痛の薬を貰って、少し休んだら保健室でご飯を食べよう。
志摩くんに身体を撫で回されて甘い声を漏らしていた保健の先生はきっと関係を持った生徒が保健室の常連と付き合っている事も知らないだろう、同じ土俵に立つ生徒達よりは幾らか気まずさは無く接しやすい方だと思う。
からからとスライド式の扉を開くも扉の正面にある机にいつもの白衣姿の女性は無く、保健室は静寂に包まれ白の床や天井に圧迫感を抱く。二つあるベッドの内、窓際のベッドのカーテンは閉められているのに気付き一瞬まさかと疑惑と不安が胸中を覆うも、カーテンの下から見えるベッド横の靴は生徒の物で少しだけ安堵する。
勝手に棚を漁るのは戸惑われ痛みを訴える頭を緩く撫でながら窓際のベッドの近くのソファに身体を沈め息を吐き出す。
背凭れに沿って頭を乗せて瞳を閉じれば、瞼の裏に先程まで一緒に居た友人がいつもは私が座っている椅子に座って次の授業をサボらないかと誘い掛けている志摩くんの姿が浮かんできた。

「はぁ…」

あの友人まで奪われてしまったら私は孤立してしまう気がする。周りは彼氏と身体の関係を持った女ばかり、考えただけでも胃がムカムカして不快感を抑えられない。
シャ、と窓際のベッドのカーテンが開く音を思考の隅に追いやり、じわりと生暖かい液体が滲む目元を両腕で覆って唇を噛み締めた。
ぺたり、上履きの踵を履き潰した足が真っ白な床を滑るように進む音を無視してすんと鼻を啜ればぴたりと足音が丁度私の背後で止む。一瞬の静寂の後に足音を立てていた人物がふは、と息を吐き出して笑う。静かに笑うその笑い方は記憶にあるが、きっと気のせいだろう。

「知りたい?俺が名字さんと付き合うとるんに、名字さんの周りの子とヤッてる理由」

冷たい指先が頬を這うのも、他の女達が聞いているであろう甘い声が耳元で聞こえるのも、つい今彼が女を口説く想像をしていたからだ。これは、私の妄想の中の彼だ。

「孤立したら俺しか居らんくなるから。名前の隣には俺だけ居ったら、それでええ」

女でも許さん、俺嫉妬しいやから。
甘く柔らかい声色で独り言のように呟く優しい声が私に川底に眠る砂金の如く小さな小さな期待を持たせ、内側で燃え盛る嫉妬の炎を鎮めていく。もう一度すんと鼻を啜れば頭上の彼はまたふは、と笑みを漏らして八重歯が食い込み血が滲む唇にそっと己のを重ねてくる。
ぺろりと唇に舌を這わせて血を舐めとる仕草が愛しくて、とうとう目尻から涙が零れるのもいとわずに彼の首の後ろへと腕を伸ばす。
何度も何度も重なる唇にご飯を食べられない程辛かった頭痛すらも忘れかけた時、保健室に戻って来た白衣の主が私達を見て小さな悲鳴をあげ抱えていた書類を床に零す音が聞こえたがこれは私の妄想なので気にしない事にした。



inu様リクエストの「志摩廉造で実は嫉妬深いクール夢主と重度の浮気性廉造の恋人らしくない変な関係→実は夢主以上に嫉妬深い廉造」でした。
表面上は仲良しこよしなカップルにしようかと思ったのですが意外とあっさりしてる、えっお前等付き合ってたの!?と言われるようなカップルにしてみました。
志摩の事は好きだけど交際宣言はちょっと…という夢主と、交際宣言出来ない腹いせに夢主の周りの女を食い潰して夢主の孤立を謀る志摩でした。

リクエスト有難う御座いました!

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