昨夜、という今朝方の記憶は未だ鮮明に覚えている。いつものように鍵が開けっぱなしの窓から入り込みジャケットを脱いでからベッドへと入り込み、風呂上がりのシャンプーの匂いを漂わせた彼女を力を込めないように極力優しく努めて抱き締めて眠りに就く。一時間程の十分な睡眠を経て瞼を押し上げれば温もりを求めてボクに擦り寄りながらボクの寝顔を眺めていた彼女からのおはようが降ってくる、筈だった。

「……」

「…んー…」

しかしどうだろう、ボクの腕の中には現在進行形で名前の身長の半分程の大きさしかない子供がくうくうと寝息を立ててあどけない寝顔を晒していた。
最初に浮かんだのは彼女…名前の子供なのかもしれないという推測。しかし名前は人間で言えば二十歳、この十ヵ月、彼女が身籠っていた様子は無いし此方に来た時にこの子は居なかったと記憶している。この地で孕もうものなら今からでも名前に種付けしたヤツを八つ裂きにしに行きたい。名前はボクのお嫁さんなのに、名前、名前名前名前…。
ボクがぶつぶつと愛しい彼女の名前を口ずさんでいると、ふるりと長い睫毛が震え静かに瞼が押し上げられる。

「……」

「……」

「あ」

「あ…?」

「あまいもん、ひゃん」

「!」

アマイモンさん、と鈴をコロコロと鳴らしたような愛しい名前の声が一瞬脳裏によぎる。くしくしと目を擦りながらボクの名前を呼ぶ少女が名前の姿とダブる。背中まで伸びた黒髪は絹糸よりも指触りが良く、くりくりとした瞳も何処となく彼女の面影を残しているような…。

「……名前?」

「んっ」

少女の首が縦に揺らされた瞬間、ボクは少女の身体を抱き上げてジャケットを着る事も忘れ兄上の元に向かった。兄上を一発殴らなければいけないような気がした。


シュウウ、と殴られた頬から湯気を立てながら執務机の上のティッシュで鼻血を拭う兄上はこうなる事を見通していたようで余裕の残る表情でボクの腕の中でぐずる名前を一瞥した。

「とあるルートから入手した薬を試したくてな。最初は奥村燐にでもしようかと思ったのだが丁度近くを彼女が通り掛かったのだ」

組んだ腕を指先でとんとんと叩きながら兄上が名前の顔を覗き込もうとすれば、ぐずっていた名前がまるで幽霊でも見たかのように顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。

「ふぇ…おかお、こわいぃ…っ」

「兄上、もう一発いいですか」

風船より軽い名前の身体を片手で支えながら拳を握ればそれは勘弁したいと苦笑を浮かべた兄上は懐からビニールに包まれた大きな飴を取り出し、改めて名前へと向き直る。ボクに殴られまいと必死な様子が顔にありありと浮かんでいた。

「おーよちよち、メフィスト特製ぐるぐるキャンディでもいかがかな?」

「ぴゃぁあああ!あまいもんひゃぁああん!!」

ボクのネクタイを掴んで泣き叫ぶ名前。
飴を差し出した儘固まる兄上。
拳を握った儘兄上を見つめるボク。
名前の泣き声を背景にボクと兄上は暫しの間、お互いに見つめあった。

「……」

「……」

兄上は窓を突き破って空の旅に出掛けていった。どうすれば名前が元に戻るか聞くのを忘れたが、原因が分かってボクも大分スッキリ出来た。ぴゃあぴゃあと目元を腫らして泣く名前をあやしながら兄上の部下に冷やす物と兄上が溜め込んでいる菓子を全て持って来るよう命令した。

「う…ぐす…っ、ふ」

「そんなに擦ったら痛くなります」

「ん」

ぐずる小さな名前(区別する為にボクの中ではこう呼ぶ事にした)を外に連れ出し日当たりの良い木の下でキャラメルを与えればあっという間に泣き止み、今は床で胡座を掻いたボクの足の間に座り兄上の部下が持ってきた大量のお菓子の中から次に食べるものを探している。
飴よりビスケット、ビスケットよりチョコを食べたがり今は甘く味付けした餅にチョコを包んだ菓子とチョコトリュフを交互にもそもそと食べている。

「美味しいですか?」

「うんっ。あまいもんしゃんは食べないの?」

「この中にボクの好物は無いので」

ゆったりと小さな身体をボクに預けて菓子を食べる姿は大人の姿の名前からはあまり想像出来ない。子供は悪魔と同じ様に欲望に忠実で己の感情を隠そうとしない。ボクをアマイモンだと認識した上で身体を委ねるという事は…名前もいつもこういう風に甘えてみたいと思っているのだろうか。
目の前で上下左右に動く小さな頭を見つめながら普段は全く甘えたりして来ない名前について考えていると、ふと小さな名前の菓子を食べる手が止まっているのに気付き後ろから彼女の顔を覗き込めば団栗のように丸い瞳は閉じられこっくりこっくりと首が覚束なく揺れ動いている。
泣くだけ泣いて腹一杯菓子を食べたら眠くなったらしい、微睡む小さな名前を抱き抱えて草の上に寝転がる。抵抗もなくころりと転がった小さな名前は暫くあーやらうーやら唸り声をあげていたもののボクが数回頭を撫でればすとんと落ちるように眠りに就いてしまった。

「……名前の匂いがしない」

柔らかい髪に鼻を埋めてみても名前の匂いである草花の匂いはしない。こんなの名前じゃないと思う反面こんなにボクに甘えてくれるのは名前の気持ちを吐露しているようで、早く元の姿に戻って欲しいのとまだこの姿の儘いつもかわされてしまい未だ知る事の出来ない彼女の本音に迫ってみたいとも思う。じわじわと伝わってくる子供特有の高い体温に眠気を促され自然とボクの瞼も下りてくる。
名前、名前は本当にボクの事がスキですか。アイシテいますか。それは名前自身が抱いているものであって小さな名前には関係無い。人間というのは面倒で嫌になる、全ての思考を投げ出してボクは彼女の体温に身を委ねた。



「眩し…」

木陰から差し込む陽光に深い眠りから引き上げられる。馴染みのある枕ではなくちくちくとしたものが頬を刺して来るので何事かと頭を上げてみれば、其処は私の家のベッドではなく正十字学園の敷地内にある中庭だった。
何でこんな所に、と疑問を抱きながら起き上がろうとするも後ろから伸びて来た腕によってそれを阻まれてしまう。

「ひっ!ア、アマイモンさ…!」

「……」

にゅるりと伸びた腕は私の左腕を掴み勢い良く己の方へと引き寄せるものだから、私は抵抗する暇もなくアマイモンさんの身体へとダイブする。背中に腕を回されぎゅうぎゅうと抱き締められた為に身動きもとれなくなってしまい、頭だけをぐるぐる動かして状況判断に努める。

「お菓子?……っていうか、アマイモンは何で寝てるの…」

私達の周りにはお菓子とお菓子のゴミが散乱していて、ベヒモスやメフィストさんの姿はない。この悪趣味な色合いの菓子はメフィストさんのものだと思うんだけど…。そして目の前ですやすやと健やかな寝息を立てているアマイモンさんは一向に目を覚まさず心地良さそうに私の頭に鼻先を埋めてくる。

「ち、ちかい…っ」

普段は近くで見る事の出来ない隈や喉仏、寝顔にどきりと胸が高鳴るのを感じる。口を開けばああしろこうしろあれが食べたいこれが食べたいと自分勝手に言う我が儘ボーイなのに、それでもこんなに愛しいのは何故なのだろう。
何だか気恥ずかしくなってアマイモンさんの胸に頭を擦り寄せれば応えるように抱き締める腕の力が強くなり、胸がきゅうと締め付けられたのはアマイモンさんが一杯抱き締めて苦しくなったからだと自分自身に言い訳をした。



あき様リクエストの噂アマイモンで「夢主が突然幼女化(中身も)。アマイモンと遊んだりお菓子食べたりして、アマイモンにハグされながらお昼寝してしまい、寝てる間に元に戻った夢主が目を覚まして焦る」でした。
文章量の都合上遊ぶシーンはカットになってしまいました…申し訳御座いません。
幼女可愛いです是非お持ち帰りしたうわ何をするやめ(ry
リクエスト有難う御座いました!
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