正十字学園最上部。最近めっきり使わなくなった理事長室へ繋がる鍵を手袋を篏めた指で弄びながら白のマントをなびかせ長い廊下を歩いて自室へと向かう。響く靴音は二つ。一つはワタクシ、メフィスト・フェレスのブーツの音。そしてもう一つは私の愛しい――。

「わあっ」

――愛しいペットのもの。
赤いカーペットにダイブした彼女から控え目な悲鳴があがる。肩越しに後ろを見遣れば今朝方付けてやった水玉模様のリボンの髪飾りが彼女の髪からするりと抜けてカーペットに落ちていく。ぽとりと音を立てて床に落ちたリボンを身体をうつぶせにした儘暫く見つめていた彼女は首を上に動かして天井を見上げる。それはお前の頭から落ちたというのに、彼女は天井から落ちてきたものだと思っているらしい。
頭が弱い彼女に口元が緩みそうになるのを抑えながら転がった儘の彼女へと近付く。リボンを両手で包む彼女の両脇に手を差し入れ抱き上げる、ああ、軽い。廊下に飾られた壺の方がもっと重く感じる程に彼女の身体からは重さが感じられない。

「メフィスト、名前は誰かの落とし物を拾ったよ」

「ええ、お前の頭が落とした物ですよ。名前」

抵抗する素振りもなく大人しく私に身を委ねながらリボンを見せる彼女にきっぱりと指摘してやると、漸く自分の頭に付けてもらった髪飾りの事を思い出したのか片手で紫が混じった髪を撫でる。その姿に抑え切れず笑みを浮かべながら抱き上げた身体をそっと抱き締めて再び歩き出した。

身の丈が私の胸までしかない少女を拾ったのは桜が綺麗な春だったか、浴衣をおろした夏だったか、食欲が増す秋だったか、雪がちらつく冬だったか、そんな過程は私の中ではどうでもよい事として処理された為よく覚えていない。大切なのは今だ。メフィスト、メフィストとしきりに私の名前を呼んでは何処に行くにも必ず後ろを歩いて回る辺り、かなり懐かれてしまったらしい。それでも煩わしいとは思えないので、私もワタクシで大分毒されているのだと感じる。

「メフィストのメ、は、目玉のメー」

「…名前。それはもう少し可愛い物に出来ないのか?」

「メッ、フィストのメーッ、はっ、めっだまっのメーッ」

「歌い方の問題ではない」

理事長室に入るなりソファに名前を転がし私は身に付けていたシルクハットとマントを脱いでいく。気配もなく部屋の入口付近に立つ部下に渡しているとソファからやや音痴気味の歌が聞こえてきた。言葉の選び方に美しさを感じられず訂正を求めたが歌い方にアレンジを加えられ指摘する気も失せた。呆れた口調の私の言葉に歌自体を良く思っていないと受け取ったのか以降名前は口をつぐみ艶やかな輝きを放つエナメルのラウンドトゥパンプスを履いた足をふらり、ふらりと揺らす。
ブーツを鳴らしてソファへと近付くと真ん中を占拠していた名前がのそのそと起き上がった為、彼女の隣へ腰を下ろし彼女の首を隠すブラウスの第一ボタンを外してやれば首の開放感に名前がほう、と息を吐き出す。
彼女に手を差し出せば先程落としたリボンをテーブルに寄せて、小さな両手が私の手を這い回りするりと手袋を引き抜く。テーブルに引き抜いた手袋を重ねて置いた名前の足元に指を這わせ足の甲の留め具を外してやる。彼女はパンプスを脱いでソファの下できちんと揃えて並べてから無言の儘私の膝の上にぽふりと頭を乗せてからふう、と少々疲れ気味の吐息を漏らした。

膝に乗った彼女の髪に指を這わせれば柔らかい毛がくしゃりと指の中で波打つ。元々栗色だった彼女の髪を紫がかった黒に染めたのは私だ。染髪を施すのはあまりよくない事だと分かっていても、私と同じ色にして手元に置いておきたかった。
犬猫に施すのと同じ感覚で緩やかに頭に置いた手を動かせば、やがて細い足を畳み膝丈のフリルスカートを広げてくうくうと寝息を立て始める。部下が持って来たブランケットを名前の身体に掛けてから指をぱちりと弾いて堅苦しい正装から寛げる浴衣姿へと服装を変えた。

「早く起きなさい」

テーブルに置かれたリボンの髪留めを摘み上げ再び彼女の頭へと持って行きリボンの裏側にあるピンで留める。起きろ、と呟いてはみたものの彼女を起こす気など毛頭無く寧ろ今からベッドに引き摺り込んで共に惰眠を貪ってやろうとまで考えている。
たった一人の、しかも二十にも満たぬ小柄な少女の為にと思ってしまう時が多々あるも名前を見ているとどうしても甘やかしてしまいたくなるのは名前がペットとしての正常な役目を果たしているからだと思いたい。
身体の力が抜けているせいで少しだけ重みの増した身体を再び抱き上げ、私と同じ色の髪に唇を這わせてから部屋の奥にあるベッドへと向かった。



めっふぃー様リクエストの「メフィスト・フェレスで愛され夢主(大人しい子)」でした。
ペットペットと言いつつも妹を可愛がるような感覚のメフィストさんと今回は疲れておねむな夢主さんでした。
機会があればちゃんと起きてる所も書いてみたいですね。まぁ、それだとそれでお菓子もふもふしてるかメフィストの後をちょろちょろ追い掛け回したりしてるだけですが。

リクエスト有難う御座いました!

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