さくさくと雪を踏みしめる音だけが朝靄に包まれた冬の田舎道に響き渡る。
交わす言葉は無い。否、必要は無いと言った方がええかもしれん。先を歩く俺の数歩後を歩む名前の意識は完全に足元へと向けられていて、時折「えいっ」やら「とおっ」等と何かと格闘する声が聞こえる辺り、多分雪を踏んで冷たい思いをするのが嫌で、俺の足跡を踏んで後をついてきているのだろう。
内気で大人しい恋人の可愛らしい一面をこの目で見れん事がちょお残念やけど、まぁええかと気にせんとふうと宙に白息を漏らした。


今年の年末年始はおとんとおかんの計らいで田舎にある名前の実家で過ごした。畳の優しい匂いに包まれた和室で深々と頭を下げて娘さんとお付き合いさせてもろてます、志摩柔造ですと挨拶すればご両親は「内気な娘故に孫の顔は見れないかと思っていた」と朗らかに笑って俺を迎え入れてくれた。
最寄りのコンビニまで車で十分掛かる田舎町での年末年始は穏やかで、雪が積もっていく音すら聞こえるのではないかと思ってしまうくらいに静かに過ごさせてもろた。庭に咲いた寒椿の鮮やかな紅色と向き合いながら親子三人で住むには広すぎる屋敷でゆったりと流れる時間を名前と寄り添いながら過ごした。


行きに持って来た荷物は既にコンビニから京都に郵送済みで、大きな荷物も無く揺れる俺の手には昼飯にと名前の母さんから頂いた炊き込みご飯の握り飯が入ったビニール袋が提げられている。
車ひとつ通らん道を名前と二人、何故か一列に並んだ儘歩いて内に券売機も切符を切る駅員も居らん無人の駅へと辿り着く。
遮断機もない踏切の隣にある駅は年配の方に配慮しているのかコンクリートのL字型のスロープが設置されとって、スロープの横にはでかい石をくり貫いて作ったらしい広く浅い池が置かれとった。
池が凍らないようにこれまた石を加工して作ったらしいホースのようなものから出て来る水が水面を揺らす奥で、ゆらりゆらりと紅の尾を優雅に揺らして鯉が泳いどった。

「鯉、まだいる」

スロープの上から池を覗き込む俺の横でふふ、と口元を赤くなった指先で隠して微笑む名前の瞳が遠い想い出を巡りきゅうと細くなる。過去に思いを馳せるその顔を見ているのが嫌で口元を隠す指を俺の手に閉じ込めてしまうあたり、俺もまだまだ餓鬼やなと思う。
そんな俺の心中を察したのか、していないのか、名前はただただ口元に笑みを浮かべるだけだった。

「地元は、駄目」

「何や大人しい思たら…恥ずかしかったんか」

手入れは案外適当らしく、蜘蛛の巣や埃が目立つ駅舎の中に居る気にはなれず、白線も黄色い線もないホームで手を繋いだ儘立ち尽くしているとチョコレート色のマフラーの端を肩に掛け直した名前がぽつりと呟いた。
京都に居る時はくっつき虫やった名前が地元に着いてからはくっつかへんわ、俺が呼ぶまで傍にも来んわでついに俺離れしてもたんかと一抹の不安を抱えていたが、それはどうやら杞憂やったらしい。
住み慣れた地元で恋人にくっついているのは流石のくっつき虫も羞恥を覚え精一杯の意地を張って極力俺には近付かんようにしとったらしい。いっつも一緒の布団で寝とんのに「お布団別々で」と夕食の最中に母親に進言する名前に味噌汁噴き出すんを耐えたせいで汁がちょお鼻に入って痛い思いをしたのはまだ記憶に新しい。
手を繋いだ儘、俺の肩までの身長の名前を見下ろせば彼女は鼻頭を赤くさせながら一つ頷いてからでも、と言葉を続けた。さくり、雪を踏みしめる音が聞こえる。

「これ見てたらどうでもよくなった、」

言葉が途切れたのは俺の唇が名前の唇を塞いでいたから。更に言わせてもらうと俺は何もしてへん。繋がった手がぎゅうと握られビニール袋を提げるもう片方の手も名前のちっこい手がやんわりと包み込む。さくさくと音を立てて俺の正面に立った名前は踵を浮かせ爪先立ちになって俺の唇にそっと自分のを重ねた。
ふるふると震える足元がかいらしくて暫くその儘にしていれば小さく唸って俺にしがみついて来たので、背を丸めて身長の差を埋めてやればほう、と唇から白い息を漏らし先程より強く唇を重ね合わせてきた。

「……気がします」

「ふはっ、これってどれや、あほう」

「朝靄ですよ。これなら何も見えない」

リップ音も息を吐き出す音もなくただただ唇を触れ合わせただけのキスなんに、唇を離した名前の顔は満足感に溢れていて思わず笑ってしもうた。
線路の向こうにある田畑の上を朝靄が緩やかに煙の如く流れていくのを眺めて名前はまた目を細めた。その顔は、少なくとも先程のように過去を懸想するものではなかったので七割くらいは俺の事を考えとったらええなと思いながら名前の腰に腕を回して赤い鼻頭に唇を落とした。



有機様リクエストの「志摩柔造でおまかせ」でした。
恋人の実家(田舎)で年末年始を過ごすけど、いつもはくっつきたがりなのに恥ずかしがって近寄ってこない夢主にむずむずする柔造さんでした。
会う度に子猫丸を高い高いする柔造さんなら恋人はさぞかし甘やかすんだろうなぁ、とイメージして書かせていただきました。

リクエスト有難う御座いました!

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テーマ「人外ファンタジー」
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