支部内で大々的な人事異動が行われ早二週間になる。ムードメーカーだった奥村くんがいない第二部隊の空気はどんよりと重い。部屋の奥から部下を怒鳴り散らす霧隠隊長の声もきっと雰囲気が悪い要因の一つになっている筈だ。
霧隠隊長とアーサー隊長は周知の恋仲だったから、アーサー隊長がもう歩けない身体になって霧隠隊長がショックを受けて八つ当たりをしてしまうのは分かる。
しかしあの日何故霧隠隊長は奥村くんにあんな酷い事を言い、奥村くんは甘んじてそれを受け入れたのか。任務に同行していた隊員は固く口封じされているのか、しつこく聞いてもなかなか口を割ろうとはしない。

「何か文句あんのか!?鈍くせぇお前の責任だろーが!」

「いえっ、そ、そんな…文句だなんて!」

また奥の小部屋から怒声が聞こえる。あの日から霧隠隊長は事務だろうが何だろうが些細なミスを指摘しお構いなしに怒鳴り散らすようになった。前はもっと気さくでへらへらしてて…部下からしっかりしてくれと懇願されていた位なのに。

…茶でも淹れに行こう。葬式のように暗い雰囲気の部屋から逃げ出したくて数少ない全部隊共有スペースである給湯室へと逃げ込んだ。
私が所属する第二部隊はエリートが集う第一部隊に続き血気盛んな精鋭達が集まった、言わば切り込み隊だ。
いつも活気があってわいわいしていた隊がたった一人、人が居なくなっただけで全体が太陽を失った植物のように萎れている。そんな第二部隊の姿なんて私は見たくない。ああ、奥村くんが戻って来てくれれば良いのに。

霧隠隊長と折檻中の部下を引いた人数分の湯呑みを盆に乗せ給湯室を出ると、丁度給湯室に一番近い第五部隊の部屋から支部長である藤本獅郎さんが出て来た為私は背筋を伸ばして彼に挨拶をする。

「藤本支部長!お疲れ様ですっ」

「おー、名前ちゃんか。茶汲みお疲れさん」

私に気付いた支部長はへらりと表情を綻ばせながら此方へと近寄ってくる。彼の息子だという奥村くんが彼に重なってきゅうと胸が締め付けられる。
奥村くんは一体、今何処に居るのだろう。

「第五部隊に何用で?また人事異動ですか?」

「んー…いや、ちょっとな。それより名前ちゃんよォ、アンタ確か第二部隊だったよな?シュラの様子はどうだ?」

門前払いで会ってくれねーんだわ、と困ったように眉を寄せて頭を掻く支部長の問いに私は背筋がぞくりと粟立つのを感じる。それは三日前、部下の折檻を傍観するのに耐えられなくなった事務の一人が藤本支部長に連絡しようと内線の受話器を持ち上げた時だった。
霧隠隊長は目にも止まらぬ速さでその事務に詰め寄りあの日奥村くんに向けたものと同じ、明確な殺意を孕んだ瞳で彼を睨み付け手にした刀は彼の持つ受話器を貫いていた。

「いいか?テメェ等。他の部隊や藤本にチクってみろ…そん時は」

殺すからな。地を這うような霧隠先生の声が耳元で聞こえたような気がして盆を持つ手が震える。あれは脅しとか、そういうレベルではなかった。隊長の声も、目も、受話器に刺さった刀も全て隊長が本気だという気持ちの表れで、今も藤本支部長に何か漏らしてしまわないか、私の背中を霧隠隊長が狙っているような感覚すら覚える。

「どーした?」

「い、いえっ!霧隠隊長は大分元気になったみたいですよ?その内支部長の所にもひょっこり顔出しに行きますよ、きっと」

とっさに嘘を吐いた。
でもこれしかトラブルを回避出来る方法を、私は知らない。
そうかそうか元気になったかと頷く支部長を余所にそそくさと私は第二部隊へと戻って行く。扉を開いても尚折檻を続いているようで、小部屋の向こうからは相変わらず隊長の怒鳴り声が聞こえてくる。支部長の脳内に居る立ち直った霧隠隊長と現実の霧隠隊長は恐らく正反対の位置に居るのだろう。
早く前みたいな日常が戻ってくればいいのに、それは第二部隊の誰もが願っている事だった。

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -