「うーん…」

六月の空はどんよりと曇っていて今にも雨が振って来そうな濃い灰色が蔓延っている。スーパーの精肉売り場で腕を組みながら肉と睨めっこしている私は只今夕飯のメニューについて悩んでいる最中だった。昨日の夕飯に肉を使わなかったから今日は肉を使いたい。ピーマンの肉詰め、肉団子、ハンバーグ、餃子、牛丼…しょうが焼きならいいだろうか。サラダと味噌汁、白米に昨日の残り物の筑前煮を添えれば十分夕飯のメニューにはふさわしい。そう考えながら豚肉を手を伸ばした私の目に入って来たのは精肉コーナーの上段に並べられたお鍋の汁の一角だった。

「すきやきのつゆ、十パーセント引き……」

豚肉に伸ばしかけていた手を引っ込め思わずパッケージに貼られた値引きシールにつられてすきやきのつゆに手を掛けてしまった。これなら豆腐や野菜、肉が同時に摂取出来るし梅雨の時期で肌寒い今日にはぴったりのメニューだ、そう自分に都合の良い言い訳をしながらすきやきの具材を集めに青果コーナーへと足を戻した。

お会計を終えて肉や野菜でずっしりと重みがかかる袋を持って店を出ると、とうとう天気がぐずり始めたらしく灰色のコンクリートが濃く色を変えて濡れていた。雨が降りそうだとは思っていたもののその前に帰ればいいと余裕ぶっていた罰が当たったのか、エコバックと財布のみで外を出歩いていた私は傘を持っていなかった。ビニール傘を買う気にもならず、かと言ってタクシーに乗るというリッチな真似も出来ず、仕方無く私はエコバックを抱えて本降りになり始めた雨の中へと突っ込んでいった。


「はぁっ、はっ…はー…体力、落ちたなあ…」

全速力で走って来たせいで膝が笑ってしまっている。学生時代はどんなに走っても膝が笑うなんて事無かったのに…もう歳かなんてどんよりとした感情を抱えつつエレベーターを降りて部屋のドアに手を掛けた瞬間、全力で走って来たせいですっかり抜け落ちていた重要事項が脳内に浮かび上がってくる。私、確か家を出る前にベランダに洗濯物を干していた。今は雨が降っている、つまりベランダに出しっぱなしの洗濯物は……。
最悪の結末が浮かんでは消えていく。

「わあああ、洗濯物忘れてた!濡れちゃ…っ、え」

騒々しく廊下を駆けてリビングに転がり込んだ私の目に入って来たのはソファに積まれた洗濯物の山だった。居間や台所に人の姿は無く慌てて同居人の部屋へと向かい、ノックもせずにドアを開けるとベッドの上に寝転がって雑誌を読んでいた奥村くんがぎょっとした表情を浮かべて此方に視線を向けてきた。

「あ、あ、あの!洗濯物ありがとうございました…!」

勢い良く頭を下げると顎を伝った滴がぽたりと床に落ちる。なりふり構わず走って来たから服や頭は勿論の事、下着までぐっしょりと濡れて張り付いていて気持ちが悪い。風呂から上がったら洗濯物を畳む前に雑巾掛けしないと…ああ、やる事が沢山有りすぎる。上手く立ち回らないと夕飯の時間に間に合わなくなる、頭を下げた儘今から夕飯までのタイムテーブルを綿密に決めているとぎしりとベッドのスプリングが軋んだ音がしたので顔を上げて見るとフェイスタオルを手にした奥村くんが直ぐ其処にまで迫っていた。

「う、動くなー!」

「ッ!?」

片手の人差し指と親指を開いて銃の形にして奥村くんに向けると彼はびくりと身体を震わせてぴたりとその場から動かなくなった。その瞬間だけ強盗の気分を味わう事が出来た。当然の事ながら嬉しくはない。

「き、気持ちは嬉しいよありがとう!でももうシャワー浴びるから大丈夫!ええと、夕飯はすき焼きだから今日は一緒に居間で食べましょうね!」

すき焼きというワードに微かに反応を示した奥村くんにこれは相当好きなのだな、と推測する。先日の電話の際に奥村隊長から好物を聞いておいて良かったなと考えながら奥村くんの部屋のドアを閉め、食卓に並ぶすき焼きの鍋に舌鼓を打つ奥村くんの姿を想像しながら風呂場へと向かった。

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