鍋の中でふつふつと泡を立てる黄金色の中華スープに溶いた卵を流し入れて固まるのを待つ。卵が徐々に色を変えていくのを見つめながらお玉を握る手に思わず力が入ってしまうのは左後方から鍋へと注がれる視線のせいだ。
ずっと猫背気味だった背中をぐぐっと前のめりに伸ばして私の左肩から覗き込むように鍋の中を凝視しているのは誰でもない、奥村くんで。えええ何でこんなに近いのアナタ一体どうしちゃったんですか明日は天変地異どころか地球は流れ星になってしまうんじゃなかろうか、なんて慌ててみるけど思えば奥村くんを仕事に復帰させるのが支部長から課された"命令"なのだ。奥村くんがこんな状態だから時期は指定されなかったが、ただでさえ人手足りない職場なのに主力とも呼べる人間が二人も――かたや隊長格だというのにメンバーから除外、かたや上司とのトラブルで引きこもり――減ってしまうのはやはり痛手だろうし、復帰が早い事に越した事はない。

「卵嫌いでしたっけ」

「……」

コンロの火を止めて奥村くんのスープ皿に中華スープを盛り付けながら鍋をガン見していた理由をそれとなく聞いてみた。奥村くんは再び鍋に視線を向けた後ふるりと首を横に振り私には視線を向けずに踵を返しソファへと戻っていった。質問には答えてくれるが、ただ答えてくれるだけで自分から口を開いたり質問の答えの補足をするわけでもない。復帰へ踏み出した一歩は小さなものだったらしい、もっと気長に構えなければいけないのか。

「炒飯冷めちゃったかな…温める?」

スープ皿をテーブルに乗せて奥村くんの食事の支度が終わる。スプーンを握らせておけば勝手に食べてくれるかと思っていたがスプーンは炒飯の皿に添えられた儘で、時間が経ったせいで炒飯は冷めていた。もしかして鍋を覗き込んでたのってスープが飲みたかったから?そんなにスープ好きなのか、知らなかった。
炒飯の皿に手を伸ばすよりも先に奥村くんの手がぐっと皿を手元に引き寄せたので温め直しは不要と判断した。冷めた炒飯と出来立てのスープはちょっとミスマッチな気がする、そう思ったのは私だけでないようで奥村くんも炒飯とスープを交互に見つめている。

「じゃあ私買い物行って来ますね」

友達ですらない他人に見られながらの食事は居心地悪いだろうし私は夕方に行く予定だった買い物の準備の為に自室へと引っ込んだ。部屋着から私服に着替え財布と荷物を入れる為のバッグを持って部屋を出れば奥村くんは未だに皿を見つめた儘微動だにしていなかった。

「食べ終わったらその儘置いておいて下さい。じゃ、行って来ます」

無くさないようにとコンビニで買ったデフォルメされた黒猫のキーホルダーが付いた鍵を握ってショートブーツに足を入れ部屋を出る。奥村くんの変化を報告する為、廊下を歩みながらポケットから取り出した携帯を操作し奥村隊長の携帯の番号を呼び出した。

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