元来回復力の高い私は風邪でぶっ倒れた翌日には熱も下がり喉の痛みも引いていつものように炊事洗濯掃除をこなしている。私が風邪を引いた結果漸く私のベッドが届き快適な睡眠を得られるようになった。それと、奥村くんの部屋のドアノブに掛けられていた入室禁止―入の字は誰にも指摘されず人の儘―の札が外されていた事。
あの時倒れた拍子に思いきり自室の扉に頭をぶつけた音を聞いて部屋から出て来た奥村くんは倒れている私を見て慌ててベッドに運んでくれた上に、医学をかじっている奥村隊長を呼んでくれたのだという。非常に申し訳無い上に恥ずかしい話である。

奥村くんは風邪や病気とは無縁かと思う位に健康体なので私の風邪が彼に移る事はないだろう。ベランダに洗濯物を干して冷蔵庫の余りを適当にご飯に突っ込み卵と一緒に炒めて即席炒飯を作った。因みに奥村くんは珍しく朝から外出中である。そろそろ仕事復帰してくれないかな、二人も隊員が減った第二部隊はさぞかし大変だろうに。ああ、でもダメだ。奥村くんが第二部隊に復帰しても霧隠隊長との確執がある。あんなに仲が良かった二人の間を切り裂いた原因とは一体何なのか、奥村くんが仕事に来なくなって私が此処に来るまでの間にあった大規模な人事異動はそれに関係しているのか。
炒飯を口に運びながらお昼のニュースをぼうっと眺めていると玄関の扉が開く音がした。えっ、奥村くん帰ってきた?昼ごはん用意してない…!

「お、おかえりなさい!」

「……」

真っ直ぐ廊下を歩んで居間のドアを開けた奥村くんに反射的に声を掛けると、奥村くんの身体がぴしりと硬直してしまった。硬直するほど私とは遭遇したくなかったか、と入室禁止の札が無くなった事でちょっぴり奥村くんと仲良くなれたのかもと思っていた私の心は急激に萎びていく。思えば風邪引いて迷惑掛けてしまったわけだし、入室禁止の札だって奥村隊長に言われたから外したのかもしれない。落胆に肩を落としながらよろりとソファから立ち上がると立ち尽くしていた奥村くんが僅かに後退った。

「ごめんなさい、何時に帰って来るか分からなくてご飯用意してないんです。何か食べたいのありますか?…って言ってもパスタかラーメン位しかないんですけど」

「……」

「ええと、パスタはたらこと梅とミートソースがあってラーメンはしょうゆ。どれがいいですかね?」

「……」

「あ、もしかして何処かで食べてきました?」

「……!」

棚に残っているパスタソースとインスタントの袋ラーメンの残りを頭に浮かべて指折り数えていくも奥村くんからの反応はなく、もう済ませたのかと問えば慌てたように首を横に振られた。麺類は気分じゃないなら他に出せる物は白米しかない。しかも朝出した白米の残りは私の昼ごはんの炒飯に全て使ってしまった為、また炊き直さねばならないという面倒な作業も待っている。こういう時、コンビニは便利だよなあと考えつつ自室に財布を取りに行こうとすれば奥村くんはおずおずといった様子でテーブルを指差した。

「えっ」

「……」

「…それが食べたいんですか?」

彼が差した指の先には私が今まさに食べていた炒飯の皿が。テレビに意識が向いていたから二口、三口程しか食べていないから量はあるけど…冷蔵庫の残り物の炒飯なんかで良いのだろうか。

「私の食べかけでいいならどうぞ。部屋に運びましょうか?」

「……」

ふるふる、首が左右に揺れる。

「自分で持っていきますか?」

「……」

ふるふる、また首が左右に揺れる。

「……此処で食べますか?」

「……」

こくり。今度は横ではなく縦に揺れた。

珍しい、というかこれは天変地異の予兆だろうか。自室に引きこもっていた奥村くんが朝から外出した上に帰って来るなり私の食べかけの昼ごはんを居間で食べたいと言ってくるなんて。昨日私が寝込んでいる間に奥村隊長に何か言われたのか、はたまた外出している時に何かを言われたのか。相変わらず無表情を貫く彼の考えている事は分からないが、何はともあれこうやって意志表示をしてくれるようになったのは有難い。
奥村くんをソファに座らせ新しいスプーンを握らせてから、私は中華スープを作りに台所へと足を向けた。

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