「ぶぇーっくしゅ!」
朝一番、居間に響き渡るくしゃみに身体を震わせる。ずず、と鼻を啜りながら上半身を起こすとやけに頭が重い。ベッドの無いソファ生活はやはり肌寒いこの季節は身体に酷だったらしい、奥村隊長マジで仕事しろ。私のベッドは今何処にあるというのだろうか。
風呂上がりに髪を乾かさない儘眠ったのが原因なのか、布団が冬用のダウンジャケットだったのが原因なのか…心当たりが多すぎて何も言えない。
食欲もなく重い身体を引き摺って奥村くんの昼御飯にうどんを用意する。風邪薬を探しに自室へと向かい扉に手を掛けた所で私の意識はぷつりと切れて最後にゴン、と鈍い音が聞こえて私の記憶は其処で途切れた。
「……えっ」
頭上から降って来た驚きの声に意識が浮上していく。重い瞼を開く事も儘ならず声を出そうとするも掠れてカスカスな声しか出ず、あ゙ぅ、と低い声が喉の痛みと共に唇から漏れる。大丈夫ですか、と頬を撫でる指先と共に再び降って来た声は聞いたのがかなり前に感じる程久しぶりの人物のものだった。
「おく…ら…たいちょ、」
「頭、どうしたんですか?たんこぶ出来てますよ」
「多分ドア。すげぇ音した」
「…まさか。兄さんが彼女を此処まで運んだの?」
「……ん」
額を冷やす冷却シートの心地良さにほう、と息を吐き出すとぎしりと音を立てたスプリングと同時に全身が上下に揺れる。ゆっくりと瞼を押し上げるとぼやける視界の中で私の顔を遠くから見つめる誰かがこくりと頭を縦に揺らした。
見慣れない天井、カーテンの向こうから漏れる陽光。久しぶりに感じるシーツとマット、頭の下にある柔らかい肌触りの枕。私は誰かの部屋のベッドに居るのに漸く気付き久しぶりに感じるベッドの心地好さに身を委ねた。
「ベッド、だぁ…」
「は?」
「ずっとソファ生活」
「はぁあ!?え、ちょっ、待っ…!」
視界の向こうでばたばたと慌ただしく何処かへ向かった黒ずくめの男性を見送りながら重い腕をのろのろと動かして目を擦り、ベッドの上に座っている人は誰か捉えようと目を凝らす。
しかし認識する前に誰かに目を覆われてしまったのか、視界は一気に黒に染まる。あう、と声を漏らして目を塞ぐ手首に指先を這わせれば目を覆う掌がぴくりと動いた後、反対の手が緩慢な動作で私の頭をぎこちなく撫でてくれた。
どんなにぎこちなくてもその動きと温もりは私の眠りを誘うには十分過ぎて、再び意識がとろりと蕩けて溶けていく。ありがとう奥村くん、と呟いた声が彼に届いたのかどうかは残念ながら分からなかった。