ダウンジャケットに包まれ春先にはまだ肌寒い夜を明かす。急に変わった環境に殆ど睡眠を取れず夜が完全に明けきる前に完全に覚醒してしまった。

浴室や洗面所は使った形跡があるものの台所や洗濯機に関しては殆ど使用形跡が見当たらず、普段あの人はどんな生活をしているのかと思うと少々ゾッとする。
冷蔵庫の中身もこれまた空っぽに近く、少しだけ消費されたお茶やジュース類のペットボトルに溜め息を吐かざるを得なかった。

更に追い討ちを掛けるように目に飛び込んで来たのは一番奥の部屋のドアノブに下げられた「入室禁止」と書かれたミミズがのたくったような文字だった。
どうやら私の存在はあまり歓迎されていないらしい。それもその筈、きっと奥村くんも同居人が増えた事を知ったのは昨日私達が訪ねてきた時だろう。いつこんなのをぶら下げたのかは分からないが、彼の再起だなんて前途多難過ぎて寧ろ私が廃人になってしまいそうだ。
そして奥村くん、入室の入が人になってるよ。


うっすらと埃の被った個室達の掃除をしているとガチャン、バタンと入室禁止の扉の開閉音が聞こえてくる。奥村隊長からあまり刺激を与えないようにとの注意を受けている為、内心どきどきしつつも聞こえぬ振りをして床の水拭きを進めていく。
トイレに行ったらしい彼は何かを探すように暫くリビングを徘徊した後、自室へと戻っていった。
彼が部屋に戻った後冷蔵庫を覗いてみれば食料が少し減っていたものだからやはりお腹は空くのかと少しだけ安心した。

夕方になって寮にあった私の荷物が続々と届いた。小さなドレッサーだとか食器類だとか、夜中にこっそり摘まむお菓子とか。ストールを収納していたバスケットにお菓子を入れて冷蔵庫の横に置いておく。「私は食べないので良かったらどうぞ」のメモを忘れずに添えて。

「あれ?」

自室に押し込んだ荷物の中で今一番必要なものがない。色々と引っ掻き回してみるものの何故か布団だけがない。かさばるし明日以降の運搬になのかな、マメな奥村隊長なら直ぐに連絡が来そうだけど仕事の引き継ぎ等で忙しいみたいだし何より私は奥村隊長への連絡手段を知らない。

「今日もダウンジャケットかぁ…ちょっと寒いなぁ」

溜め息を漏らしながら冷蔵庫から卵とちくわ、野菜室から人参と葱を拝借してそれぞれを刻んでいく。人参を電子レンジで温めて火を通している間にスクランブルエッグを作り別皿に移し、ちくわを炒めていく。昼に炊いていたご飯や他の具を投入して塩胡椒、調味料棚にあった中華味の素と醤油を入れて味を整えれば簡単な炒飯が出来た。半分を私の平皿に盛り付けもう一つのコンロで作っていたコンソメ味の玉ねぎスープをカップに注げば十分な夕飯が出来た。

洗い終わった皿や他の食器類は家主に無断で申し訳無いと思いつつ食器棚に収納させてもらった。
フライパンに残っている炒飯は二つに分けておにぎりにし、ラップで巻いて皿に乗せて冷蔵庫に入れておく。良かったら食べて下さいとメモを添えるのも忘れずに。
シャワーを浴びて頭にタオルを巻いた儘ソファに横になりダウンジャケットを被って目を閉じる。
微睡む意識の中で一番の奥の扉が開く音が聞こえてくる。ぺたりぺたりと裸足で床を歩む奥村くんは居間を通り抜け浴室へと向かう。さて、お菓子と炒飯には手を付けて貰えるだろうか。私を避け接触を拒む奥村くんの事を考えている内に意識は闇の奥へと呑まれていってしまった。

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テーマ「人外ファンタジー」
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