支部長を出るなり直ぐに出勤の際に持って来ていた私物を顔馴染みの同じ部隊の隊員から渡され、私は支部長に連れられて第一部隊の部署へと初めて足を踏み入れた。
一番奥で一人書類に目を通していた奥村隊長へと引き渡すと頼んだ、と私の肩を軽く叩いて足早に出て行ってしまった。きっとこれから霧隠隊長の処分の件についての会議が始まるのだろう。

「話は聞いてますよね?行きましょうか」

足元まで伸びる黒いコートを揺らし艶やかなエナメルの鞄を持った奥村隊長と共に建物を出ると直ぐに路上でタクシーを拾い、後部座席へと押し込まれる。
奥村隊長が告げたマンション名は私の空耳で無かったならば、確か世界的に有名なデザイナーが手掛けたというデザイナーズマンションだった筈だ。

「先程決まったばかりで貴女の私物は全部運び込めなくて。多分明日には全て届くと思います」

「は……へ?」

「支部長から聞いていませんか?寮から奥む…兄さんの部屋に転居していただきます」

「な、何だってー」

思わず秒読みになってしまったのも仕方ないと言ってもらいたい。今日だけで幾つも容量過多な用件を持ち込まれ既に脳味噌がギブアップ寸前なのだ。明後日に向かってぼんやりと黄昏る私を見て奥村隊長は小さく溜め息を漏らした。

「兄さん、入るよ」

飾りも何も付いていない合鍵を使ってマンションの部屋に入れば其処は必要最低限の家具しか揃っていない、とても殺風景な部屋だった。デザイナーズマンションなだけあって一つの部屋が広くリビングの他に個室が幾つもあり、此処で一人で住むには広すぎる印象を抱いた。
五つある八畳程の個室の内、三つは空っぽで一つは寮に置いている私の箪笥や衣類が備え付けのクローゼットに収納されている。そしてもう一つの個室のベッドの上で問題の彼が寝転がっていた。

「兄さん、今日から兄さんの面倒を見てくれる人。知ってるだろ、同じ第二部隊の事務の名字さん」

「こ、んにちは…奥村くん」

「……」

真っ黒なスウェット姿で此方に背中を向けてベッドに転がっている奥村くんは私達にちらりと視線を一瞬向けただけでうんともすんとも言わない。まるで考える事すらも放棄しているかのように。
それ以上の対話は無理と判断したのか奥村隊長は直ぐに部屋を出て行く。続いて部屋を出る際に見た奥村くんの背中は寂しそうに丸められていた。

生身の合鍵を受け取り私の家具は今日発注し明日纏めて運び込むらしく、今夜は布団無しで寝てくれと言われた。確かにこの家の寝具は奥村くんが転がっていたベッド一つだけだし、流石に彼処に潜り込む真似が出来る程私も空気が読めないわけじゃない。幸いリビングにあまり使われていないふかふかのソファがあった為今夜は其処を拝借する事にした。先に衣類だけ届いていて良かった、確か冬用のダウンジャケットがあった筈、少々季節外れだが今日は其れを毛布代わりに使おう。

何度も小さく頭を下げながら兄をよろしくお願いしますと言って部屋を出て行った奥村隊長を見送った後、大きな溜め息を吐き出す。奥村くんの部屋まではかなり距離があるし多分聞こえてはいないと思う。

今まで通り所属は第二部隊。給料を今までの二倍に上げる。職場に出る必要はない。ただ、引きこもりになってしまった同じ部隊の人間を再起させろ。ね?とっても簡単でしょう?

支部長の命令を要約するとこうなる。ふざけるな何処が簡単なものか、あれは引きこもりという領域を遥かに逸脱した廃人レベルではないか。
生憎廃人を元の生活の基盤に戻してやるという経験やスキルなど持ち合わせていない私はこの前途多難過ぎる命令に頭を抱えるしかなかった。

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