目の前から注がれる視線は鋭い。
どうしてこうなってしまったのか、数日前にうっかり支部長と会話をしてしまった自分を呪おうとも目の前で怖い顔を浮かべる支部長からは逃れる事は出来ない。


愛刀を振り上げた霧隠隊長はそれを振り下ろす間もなく後方へと吹っ飛ばされ派手な音を立てて、出しっぱなしのストーブへと激突した。支部長と一緒に居た奥村隊長が怪我人の有無は居ないか確認する中で扉の傍で出来上がったばかりの書類を抱えた儘座り込んだ私を支部長が視界に捉える。
荒れに荒れた室内、やっと恐怖から救われ心から安堵の息を漏らす第二部隊の面々の顔からここ数日ずっとこの様な事が続いていると気付いたのだろう、以前会って話をした時に私が嘘を吐いた事に気付いた支部長の目付きは徐々に怒りを孕んでいく。

「第二部隊の面々は今日はもう帰れ。シュラ、テメェはこの部屋の片付けを一人でやれ。頭冷やすのに丁度良いだろ」

「ふ…ざけんなっ、アタシは何も悪くねぇ!」

「理由はあれど同じ志の元に集った奴に手を挙げるな!燐の時は許したが今日はそうもいかねぇ…。お前の処罰は後で決める」

奥村隊長に抱えられ霧隠隊長に吹っ飛ばされた第二部隊の隊員が医務室へと運ばれていく。柄が無く刃を剥き出しにした儘霧隠隊長は低く舌打ちをし声を荒らげて隊員達に帰宅を促す。慌てたように手元の書類や荷物を片付け始めた隊員達に私も帰らねばと未だ霧隠隊長の殺気に当てられたせいで震える足を奮い立たせ何とか立ち上がると耳元で「テメェは今すぐ支部長室に来い」と低く囁かれた。
支部長直々の命令に一隊員の私が抗えるはずもなく、素直に了承の返事をする事しか出来なかった。
そして、冒頭に戻るのである。奥村隊長も霧隠隊長も居らずたった二人きりの空間に、会話は未だない。


「お前は信じてたんだけどなァ」

怒りと後悔と呆れ、そして失望が混じった声色であからさまに溜め息を漏らした支部長が呟く。信じてた、って何だろう。支部長の真意が分からず首を傾けて顔を上げれば、煙草に火を点けた支部長が窓の外へと視線を向ける。

「エンジェルが一線から退いてシュラの奴が荒れてたのは知ってた。…けど、あの日名字の言葉を聞いて俺はお前を信じた。シュラはあの任務での出来事を受け入れつつある、と」

「……」

「だから俺は今朝シュラに燐の世話役を頼んだ。仮にもアイツ等は師弟…エンジェルの一件を受け入れつつあるならきっと引き受けてくれる、と思った。…が、実際は違った。シュラは燐を拒否し、挙句には俺にも暴言吐いて出て行った。んで、あんな事に発展した」

分かるか?お前の一言で怪我人が出たんだぞ、と続いた支部長の言葉に私は凍り付くしかなかった。
今朝霧隠隊長の機嫌が悪かったのも、先程部署内がぐっしゃぐしゃになってしまったのも私のせい。
私の口一つで支部長の手をこんなに患わせた上に霧隠隊長のみならず全く接点のない奥村隊長にも迷惑を掛けてしまった。もはや私には辞職しか道が無いのではないだろうか。
こんな形で職を手放す事になるとは夢にも思っていなかった為私の背中はあっという間に冷や汗でびしょびしょになる。上手く呼吸が出来ず心無しか思考も鈍っていく。
そんな私の心境を知ってか知らず、灰皿に灰を落とした支部長は窓から私へと視線を移す。

「だが分かった事もある。シュラは駄目だ、アイツはこれからもずっと燐を恨むだろう」

「……」

「だから名字、シュラの代わりにお前が燐の面倒見ろ。これは命令だ」

「……え?」

辞職の二文字が頭を占拠していた私に告げられた命令に一瞬頭が追い付かず、思わず頭を傾けてしまった。私が奥村くんの世話?というか世話って何だ、あの任務で障害を負ったのはアーサー隊長だけではなかったのか?
あっという間に頭の中が疑問で埋まっていく私を一瞥してから支部長は机の上にある内線の受話器を手に取った。
先程も言った通り、支部長直々の命令に一隊員の私なんかが逆らえるわけもなく。私が放心している間に話はどんどん進んでいくのであった。

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -