名前を呼ぶ呼ばないは、一体何がどう違うんだろう。こういうのは普段「おい」とか「お前」呼ばわりする人に言わせるべきじゃないのか。私はちゃんと彼のファミリーネームを呼んでいるのに、どうして好き好んでイケメンの名前をわざわざ呼んでならねばならないのか。
隣の部屋に住んでいるだけの接点なのにだらだら入り浸ってる奴なんかより、その気になれば寄って来る可愛くて清楚オーラが背中から溢れんばかりに零れている子に呼ばせればいいのに。
「すっかり忘れて馴れ合っちゃったけど、あの人そういえばイケメンの第一人者だった」
ベッドに転がり長い長い溜め息を吐いてから今更思い出した事実を口に出してみる。
イケメンは嫌いだ。うっかり関わってしまえばロクな事にならない。周りからは片思いしていると勝手に勘違いされるし、女の子達からの視線は凶器かと思う位に鋭くなる。イケメンといい男は似て非なるものと私は結構早い年齢で理解した。ダンディズム溢れる落ち着き払った紳士とお付き合いしたい、何処かに紳士落ちてないかなあ。
「どう思う?」
『どう思う、っつったって、なあ』
どうにも解決の糸口が見つからないので悩みの種であるイケメン塾講師の双子の兄に電話してみた。双子で、しかもお兄ちゃんなんだからきっと何か参考になる話を聞かせてくれる…筈。
「奥村さんの事で話聞いてもらえる人の中で唯一まともなのが燐さんなんですよー、後生ですからどうかお力を…!」
『いや、相談とか滅多にされねーから俺も嬉しいけどよ。…原因それじゃね?』
「えっ」
『名前の中で俺ってフツメン?イケメン?』
「……ギリギリ…イケメン……」
『ギリギリかよッッ!!』
まあこんな無駄話も挟みつつも燐さんが教えてくれたのは、出会って間もない燐さんを名前呼びしている事を奥村さんは良く思っていない事だとか。そして兄を名前で呼ぶなら自分も名前で…と考えている事。
「成る程ー、寂しいのか」
『……。まぁ、そういう事でいいか』
燐さんに少しばかり呆れられた気もするが、まあいい。問題はあのイケメンを目の前にして私は果たして正気の儘名前を呼ぶ事が出来るのか。……私、あの人を名前で呼べたら燐さんにハーゲンダッツ奢ってもらうんだ…。ふふふ、と遠い目をしながらフラグを立てた所で滅多に鳴らない私の部屋のインターホンが響き渡る。
……おや?誰か来たようだ。