八月に入り暑い日が続く中、お隣さんへの入り浸りは増していくばかりだ。課題であるレポートは分からない所があればいつでも聞けるし、夕飯は冷蔵庫の中を使ってもいいと許しを貰ったので食費が浮くし。私はただ家主が居ない間に掃除や洗濯をこなせばいいだけだ。洗濯に関しては当初下着を直視する事も儘ならなかったのに、慣れとは非常に恐ろしいものだ。

冷やし中華ならぬ冷やしうどんに添える鷄むね肉の唐揚げを作る為に家主のエプロンを拝借してむね肉にチューブタイプの生姜と醤油を垂らしビニール袋に入れ揉んで下味を付けつつ、バットに片栗粉をまぶしているとガチャンと音を立てて鍵が開き扉が開き家主がひょっこりと顔を覗かせて中の様子を伺ってくる。

「お帰りなさい。エプロン借りてます」

「……ただいま帰りました」

ビニール袋の中の肉をむぎゅぎゅっと揉みながら奥村さんに向かって軽く会釈すると奥村さんは眼鏡のブリッジを上げながらいそいそと靴を脱いで中へと上がってくる。着替えを直視出来ない私の為に居間の扉が閉まり向こうからごそごそと布擦れの音が聞こえてくる。フライパンに浅く油を敷いてコンロに火を掛けて下味を付けたむね肉に片栗粉をまぶしていきながら換気扇のスイッチを入れて揚げ物の支度を進めていると、着替えを終えてTシャツと薄手の長ズボンに着替えた奥村さんが居間の扉を開けて台所を覗き込んでくる。足元に流れ込んで来る冷気が心地良い、他人の家の冷房って最高だな。

「髪、邪魔でしょう?結ってあげますよ」

「そりゃどうも」

ペンだこが出来た指が私の横髪をさらってポニーテールにしていく。奥村さんはいつでも忙しそうに塾のプリントを作っていたり参考書と睨めっこしているのに私のレポートにアドバイスという名の手助けをしてくれるし、こうやって勝手に部屋に居座っている私を邪険に扱ったりしない。毎日忙しそうなのに苛々している素振りが見当たらない辺り、今の職業が本当に好きなのだろうなと思える。

「塾の仕事は慣れました?」

「まだ半年も経っていないので何とも…でも遣り甲斐はあると思っていますよ」

いきなりですね、と笑う奥村さんが私の髪から手を離したのを見計らって熱した油の中に鶏肉を静かに落とした。あとは三袋九十八円のゆでうどんを水で解して千切りにした胡瓜と葱を散らし唐揚げを乗せてつゆをぶっかければ冷やしうどんの完成だ。肉が焦げないように注意深くフライパンを睨みながらざるに出したうどんを水道水にさらして解していく。蛇口を閉めて水を止めた所でふと視線を感じ後ろへ視線を向ければ奥村さんは私の背後から動く事なく私の手元を覗き込んでいた。何か、と問うてみれば手慣れていたのでつい、と言葉を濁した奥村さんはその儘玄関横にある風呂場にある洗面所へと入って行ってしまった。

◇ ◆ ◇

「遣り甲斐があるなら学校の先生になれば良かったのに」

「中々採用試験に合格出来なくて」

「えっ、頭良いって同じ塾でバイトしてる友達は言ってましたよ」

「…頭が良いだけじゃ合格出来ませんし。それに教師になれば異動もありますからそういう点では塾の教員という形が一番自分に合っているのかもしれません」

「……成る程」

ずるりと音を立ててうどんを啜りながら他愛もない話をして沈黙を埋めていく。教員免許を所持していないという意外な事実に驚きながらも何かを目指すというのはさそがしやる気が出るのだろう、少なくとも何の目的も無いまま大学に通っている私よりずっと充実した生活を送っているに違いない。

「教員免許か…奥村さんが無理なら私も無理だろうなあ」

「…教師になりたいんですか?」

「いや、何となくそう思っただけで。私教えるのはあんまり得意じゃないし…教師よりは養護教諭とかがいいです」

お風呂上がったら肩叩きしてあげますね、と滅多に見せない良心をフル稼働させれば怪訝そうな顔をしたので雪男パパ、と冗談を吐けば彼は分かりやすい程に顔を歪ませたのだった。

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -