奥村さんから貰った隣室の合鍵を初めて使う事になったのは梅雨が明けて夏の暑さが猛威を奮い始めた頃だった。
切っ掛けは単純明快、私の部屋のクーラーが壊れたからだ。

レポート用紙と資料、素麺を二袋とめんつゆのボトルに適当に摘まめそうな夕飯の材料と着替え一式を詰め込んだバッグを持って冷房の効いた奥村さんの部屋にお邪魔してレポート用紙をちょこちょこと埋めつつ部屋主の帰宅を待つ。
日が暮れ時計の短針が十を過ぎた頃、鍵が開いて部屋の主が重い溜め息を吐きながら帰宅してきた。

「お邪魔してまーす」

「は?」

先に夕飯を食べてしまおうと胡瓜と刻んだ梅を和え、素麺を湯がきながら気の抜けた声で奥村さんを迎えた私に彼は大袈裟に玄関の扉に寄り掛かって肩を跳ねさせていた。幽霊にでも見えたのか、私。
事情を説明すれば直るまで居座っても構いませんよと言われた。さっきまでビビってたくせに変な所で親切なのでアパートのおばちゃんや大学生に人気があるんだと思う。

「いい機会ですし、連絡先を交換しませんか」

「登録名、イケメンでいいなら」

「……」

「冗談ですよ」

胡瓜の梅肉和えと湯がいた素麺を二人で食べながら連絡先を交換した。イケメンで登録すると言ったのは半分冗談だったのだが奥村さんの拗ねたような表情を見て訂正しておいた。イケメンを怒らせたら三倍で返ってくる、ちゃんと奥村さんで登録しておいた。

ベッドで寝るようにと勧められたがイケメンのベッドで寝るなんて悪夢を見そうで怖かったので寝惚けたふりをしてソファで眠った。二人掛けのソファの上で丸まっていると溜め息を吐いた奥村さんが塾で使うプリント作成の手を止めタオルケットを掛けてくれた。その後私のレポート用紙を覗き込みがりがりと何かを書き込んでいた。

「此方をお納め下さいませ」

翌日、大学が休みで昼からバイトが入っている私は早起きをして奥村さんに奉納する弁当を作った。とは言っても奥村さんが帰宅の際に買って来ていたスーパーの惣菜と冷蔵庫の中にあったジップロックで保存されている料理達を詰め込んだだけのものだ。包んだ弁当箱とおにぎり二つと氷入りのお茶が入った水筒が入った紙袋を玄関で靴を履いている奥村さんに渡せば眼鏡の奥の瞳がきゅう、と丸くなった。

「あ、ああ…ありがとうございます」

躊躇いながらも紙袋を受け取り眼鏡のブリッジを上げながら部屋を出て行った奥村さんの明らかな動揺っぷりに暫く笑いが止まらなかった。お陰でバイト中に度々思い出し笑いをしてしまい、店員や客から冷たい視線を向けられてしまった。

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