奥村さんの職業を聞けば全ての謎が解かれた。彼は大学の近くにある塾で講師をしている。同じ学科にいる私の友達がバイトをしている塾でもある。そういえばその友達が塾の講師に最近イケメンが加わったという話をしていた気がする。
私を追い掛けて来ていたのは塾までの道を聞こうとした所私が逃げ、双子の兄もよく自分から逃げていた事で反射的に身体が動いてしまったらしい。
私を追い掛けて大学までやって来たのは、シフトが重なった女性に同じ大学の友人にイケメン耐性がなくイケメンに会うとすぐに逃げる奴がいると聞いて私ではないかと思い大学を確かめたかった為。
レポートのテーマを知っていたのも私の友人から聞いたらしい。折り重ねたかのような偶然に私は嘆息するしかなかった。取り敢えず奥村さんの情報元になった大学の友人はシメる。

「今度は貴方の番です。教えて下さい、何故イケメンが苦手なのか」

誤解を全て解いた奥村さんの視線が真っ直ぐに私を射抜く。その問いに…私は正直に答えられるのか?いいや、無理だ。今こうやって対峙しているだけでも私のキャパシティは既に限界数値を指していて、気を引き締めなければ腰から下が小刻みに震えてしまう。

「……」

「……」

「…それは…ちょっと…。まだ時期尚早というか…」

「分かりました」

「えっ」

やんわりと遠回しに断ってみたらあっさり許容された。弾かれたように顔を上げて奥村さんを見上げると矢のような鋭さを秘めた瞳は成りを潜め、いつものような人の良い笑みを浮かべて私を見つめていた。笑っているだけで何も言ってくれないのでよく分からないけれど、事情の説明はしなくてもいいらしい。そろそろと徐々に力を抜き息を吐き出して湯飲みに手を伸ばし茶を一口嚥下すれば喉を伝って胃の中からじんわりと温かみが広がっていった。

「はい、ではこれを」

灰色のコンクリートに水溜まりを作っている私の靴に足を突っ込んでいると後ろから声を掛けて来た奥村さんに剥き出しの鍵を貰った。

「苦手なら慣れればいいんじゃないでしょうか。イケメン、とやらに」

何も言えなかった。何も出来なかった。
いらないと言って突き返してしまえばそれでおしまい。奥村さんもきっといつもの笑みを浮かべて何も言わないでくれる筈。なのに部屋を出た私の手には銀色に光る鍵が握られた儘だった。
ディス、イズ、ア、キー。これは鍵です。バット。でも。アイ、ドント、ノウ、ハウ、トウ、ユーズ、ディス。私はこれの使い方が分からない。分からない。分からないふりをして自分の部屋に逃げ込んだ。

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