忙しさに目が回りそうになる。
学校とバイト先と家をローテーションするかの如くくるくると回っている内にイケメンパンツ事件から早一週間程が経とうとしていた。あれから私は一度も奥村さんには会っていない。なので勿論湯飲みを返せずに戸棚に仕舞ってある儘だ。
返さねば返さねば、これは他人の家の物でいつ必要になるか分からないじゃない。頭はそう私に命じていても身体が一歩たりとも動かないのだ、仕方ないと言わざると得ない。そんな言い訳のような甘えでずるずると引き摺ってしまってきている。
大学の友人達に一緒に返すのを立ち会ってくれと泣き付いたものの「やァよ」「やだ」「嫌よ」「めんどくさっ」で一蹴されてしまった。

「名前ってばほんと男嫌いよねぇ。特にイケメンは」

「仕方ないじゃん…誰にだって苦手なものはあると思うんだけど」

「まぁね。でも直りそうじゃない?その隣人のイケメンさんとやらに」

「笑えないよ、その冗談」

スタバの二階でけらけらと笑いながらブラックコーヒーを啜る友人に眉を下げつつ適当に頼んだキャラメル何とかをストローで吸い上げる。仄かな甘味と共にコーヒー特有の苦味が広がり、思わずシロップを足しに席を立ってしまった。


その日の夜。私を見捨てた薄情な友人達をぎゃふんと言わせる為に私は湯飲みと詫びのコンビニ菓子を詰め込んだビニール袋を提げて隣人宅である三〇七号室に立っていた。
湯飲みを返すくらいどうってことないのに、インターホンを押すには覚悟が足らず扉の目の前にいるというのに私は一人頭の中でシミュレーションを始める。
出たら、謝る。謝ったら菓子を渡す。奥村さんはいえいえお気になさらずとイケメンスマイルを繰り出す。私に100のダメージ!私は力尽きた……あれ?何だかRPG風になりつつあるし、私負けてるし。

「ふ…ふんがー!」

萎れそうになる覚悟を奇声で無理矢理起き上がらせ勢い良く音符のマークが付いたボタンを押した。部屋の中から響く平和的なインターホンの音を聞きながら扉から少し離れて暫く見ていないイケメンが出て来るのを待つ。…が、一分待てども二分待てどもイケメンが顔を出す様子は全く無い。

時間は午後十時、ちょっと過ぎ。いつもなら既に帰って来ている時間の筈なんだけど…。シャワーでも浴びてるのかと思いインターホンからノックへと切り替える。

「こんばんはー、隣の名字なんですけどー」

とんとん。ひんやりとした扉を拳を作ってノックしつつ声を掛けてみるもやはり中からの反応はない。
え、もしかして居留守?居留守を使うという事はこれはまさか湯飲みを返さなかった事にご立腹してらっしゃるのではないでショウカ…。

「うわあ…お、怒らせちゃった…」

考えてみればとても単純な事柄のように思える。確かにあの日の私は失礼な事を積み重ねていたかもしれない。相手のベランダにタオルを落とし拾わせ、家に押し掛けた挙げ句頼んでいない料理を作り深夜まで勉強を手伝わせ。ろくに礼も言わずに湯飲みを持った儘さっさと帰ってしまった。
これならいくら寛大なイケメン様も怒る筈だ。何回か面識があって準ストーカー的行為をされてるからといって私達は決して友達ではない、ただの隣人なのだ。とんでもない事をしでかしてしまった、これ以上の進展は見込めずとぼとぼと自分の部屋に戻る私の足は鉛が引っ付いたかのように重かった。

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