「う…嘘だ…ッ!!」

レポート用紙を握る私の両手はぶるぶると震え、勢い良く立ち上がった足は膝が笑ってしまい上手くバランスが取れない。夜中の他人の部屋で中腰の体勢でレポート用紙を握り締める私はきっと馬鹿か阿呆か間抜けのいずれか、いや最早全てに当て嵌まるだろう。
急須から湯飲みに茶を注いでいたストーカー予備軍の奥村さんでさえも何処かどん引きした目で私を見上げていた。

イケメンなくせに料理が出来ないという壊滅的なギャップを抱える奥村さんに代わって普通のハンバーグをご馳走した所、お礼として明日提出のレポート作成の手伝いをしてくれた。二人でやってもどうせ夜明けまでは掛かるだろうと思っていたのだ、が。

「さ、さんじかんでできちゃった…」

夜の十時過ぎから唐突に始まったレポートは日付が代わってたった一時間しか経っていないのにそれはもう、誰が見たって完璧に、確実に良い評価を貰えるレポートが完成してしまった。
両手にしているレポート用紙はまるで長年探し求めていた秘宝のように見えてきて、蛍光灯に反射しているからか眩しくて直視出来ない。

「助かりました!こんな夜中まで…本当にありがとうございましたっ」

「いえ、僕も夕飯の件の借りがありますし。これ位で良いならお安い御用です」

大切に用紙を畳みながら正座して座ると奥村さんがにこにこと微笑みながら湯飲みを差し出してくれる。有り難く其れを両手で受け取って一口啜ればじんわりと全身に温もりが広がっていく。
レポートが上がった後のお茶は格別、そう思いながら和やかに茶をしばいていると唐突に奥村さんが立ち上がって箪笥をごそごそと漁り始めた。
レポートに集中していたせいで上手く働かない頭でぼうっとそれを眺めていると箪笥の中を探っていた彼の手が何か黒い物を掴んで箪笥から抜き取る。タオルにしては小さい、ハンカチ…って箪笥に入ってるものか?小さく畳まれたそれは何だかあの形に…あれに……!!

「ッッ!!」

「?…どうしました?」

「か、か、帰ります!夜分失礼しましたお邪魔しました!!」

「あ、あの…」

慌てて筆記用具とレポートを抱えて立ち上がれば奥村さんが首を捻って此方を見つめてくる。そんな目で私を見ないで!心の中でそう叫びながら私は奥村さんの制止も聞かず足早に部屋から飛び出し隣の自分の部屋と駆け込む。
ドアノブを捻った儘扉を閉めて鍵を締めてチェーンを引っ掻けてから、漸く私はこんな距離を早足で歩いて来ただけにも関わらずぜえぜえと息を切らしていた事に気付いて思わず自嘲の笑みを浮かべてしまう。

パンツはねーよ、パンツは。
その儘玄関の壁に寄り掛かってぼそりと呟く。生まれてこの方父親のイケてないパンツしか見たことのない私でも分かる、あれはパンツだ。勿論男物の。
涼しい顔をしてパンツを引っ張り出す辺り女性が居てもそういうのを気にしないタチなのか、私が居るのを意識していなかったのか…兎に角あのストーカー予備軍が私の脳内で更に苦手な人物へとカテゴライズされていく。
はああ、もうやだなあ。引っ越したい。力無く項垂れた私は大切なレポートを抱える左手と湯飲みを持つ右手に頭を乗せようとして……え?湯飲み?
視界の端に移り込んだ異端の物の存在に私の思考回路が一瞬全ての機能をストップする。う、嘘だ。誰か嘘だと言ってくれ…!

私の右手には先程受け取ったあの湯飲みが、私の物ではなく隣人宅の湯飲みがしっかりと握られていた。

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