目の前にあるのは卵焼きだった。…いや、卵焼きになる筈の物だった。
本来なら黄色と白が混ざり合い見るからに柔らかそうな印象を持つのに、奥村さんの手中にある皿にあるものは何処もかしこも真っ黒で黄色の面影すらなく本来の形である長方形どころかスクランブルエッグのようにぐちゃぐちゃになっている。

「誰が作ったんです、これ」

ドジっ子の彼女でもいるのだろうか、あまりに衝撃的な料理の登場に呆然としていると奥村さんはズレてもいない眼鏡を直しながらぼそりと呟いた。

「……僕です」


シンプルなデザインの家具で統一されたリビングのテーブルに置かれたのは今日私の夕飯になる予定だったハンバーグだ。隣にはコールスローと白いご飯、インスタントのコンソメスープが湯気を立てている。
奥村さんのあまりの落ち込み様に動揺してしまった私は思わず夕飯の同伴を提案してしまった。私が夕飯作りますんでご一緒しませんかとつい口走ってしまい、慌てて訂正しようとした所を奥村さんが控え目ながらもしっかり頷いてしまった為撤回も出来なくなった。己の口を恨みながら自室からハンバーグの材料を、奥村さんにはその他の料理の材料を負担してもらい今に至る。

「…美味しい」

「本当ですか?良かった、お口にあって」

デミグラスソースの掛かったハンバーグをもそもそ食べながら私を褒めちぎる奥村さんを見て心中で首を傾ける。
奥村さんは近所のおばさんにモテモテだからてっきりお裾分けで生きてるものかと思った。私より家事が得意なおばさん達の方がもっと豪華な料理が出て来ると思うんだけどなあ。

たっぷり一時間掛けて二人でご飯を食べた後片付けは自分が、と言って食器や調理器具を洗う奥村さんを手伝い洗い終わった食器を片付けている時、私は洗濯物を干した後にすべき事を思い出し思わず奥村さんから皿を受け取りながら叫んでしまった。

「ぎゃあ!忘れてた!」

「うわ…!忘れて、た?何をです?」

「…レ、レポート…」

先週出ていた言葉の歴史に関するレポートの提出期限が明日に迫っている。慌てて携帯を確認すれば時刻は既に夜の十時を回っている。

「あ、あ、あの!私、今日はもうこれで…!!」

余裕を出して全く手を付けていなかったのでこれは徹夜になりそうだ。タオルの洗濯のし直しなどしている場合ではない、一刻も早く部屋に帰らねば。
奥村さんに今しがた受け取った皿を返しながら帰る旨を伝えるとスポンジを置いた奥村さんがにっこりと微笑んだ。

「手伝いますよ。確か言語の歴史についてのレポートですよね」

「……」

そうだった。この人は見た目に反するストーカー予備軍だった。
勉強道具を持って来るよう促す奥村さんに私は乾いた笑いしか浮かばなかった。

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