「あっ」

うっかり手を離してしまった私の薄ピンクのタオルは風に吹かれ隣人の奥村さんのベランダへと落ちてしまった。
ベランダに立て掛けていた布団叩きや片手で簡単楽々拭き掃除が出来るシート式のモップを使ってみるもタオルを救出する事は出来ず、渋々私は隣人の部屋へと赴く事にした。

実を言うと奥村さんとはあまり関わりたくない。イケメン故に人気があるらしくたまに一緒に居ると近所のおばちゃん達に詰め寄られる。先日なんかは走って追い掛けられたり大学までストーキングされた。幾らイケメンでもやはりやっていい事と悪い事がある。根底から奥村さんに対する完全な苦手意識が芽生えていた。

「すみませーん、隣の名字ですー」

扉の隣にあるインターホンを鳴らしながら名を名乗るも部屋の主は一向に現れない。あれ、おかしいな。さっきは部屋に電気点いてたのに…居留守?隣人に居留守使ってもちょっと壁が薄いこのアパートじゃ意味無いと思うのですが…。
お前か居るのは分かってんだよ、と警察官や借金取りが言うお馴染みの台詞でも言おうかと思案しているとガチャンと鍵が回る音が聞こえゆっくりと扉が開いた。

「はい…ああ、どうも。こんばんは」

「こんばんは。奥村さんのベランダにタオルが落ちてしまって。良ければ取っていただけないでしょうか」

「タオルですか…ちょっと待ってて下さい」

「すみません、お手数かけま……ん?」

閉まらないように手で扉を押さえていると、ふと部屋の入口と居間への扉の丁度真ん中に位置する台所から何とも言い様の無い焦げ臭いにおいが漂ってきた。
何を焼いてたのかは知らないがやたら焦げ臭くがんがん換気扇を回しているようだが一向匂いは消える素振りを見せない。私の服に移ったらやだなあ、なんて考えながら部屋着の袖を引っ張り匂いを嗅いでいると部屋の奥から私のタオルを持って来た奥村さんが戻って来た。

「どうぞ。落ちたのが僕の部屋で良かったです」

「下に落ちて汚れたりしたら大変ですもんね。ありがとうございました」

「……ええと…あの」

「? 何か」

差し出されたタオルは洗濯したばかりなのでじっとり湿っている。ベランダとの接地面が微かに汚れていてまた洗濯しないといけない事は明確で。小さく溜め息を吐きつつ部屋に戻ろうとすると玄関先に立っている奥村さんが小さく咳払いをしたものだから私は自然に奥村さんへと目を向ける。
腕組みをして口元を隠した奥村さんはうろうろと視線を左右にさ迷わせ、時折焦げ臭さが漂う台所へと目を向ける。
私はもう帰りたいんだけどな、と考えつつも、困ったように眉をハの字に下げる奥村さんにノミ程の良心が痛んだ為隣人との良好な関係を、と自分に言い聞かせつつ奥村さんに向き直った。

「え、えーと…何か焦がしちゃったんですか?ちょっと焦げ臭いですね」

タオルを畳みながらそれとなくを装って問い掛けてみれば眼鏡の奥でほう、と安堵したような表情を浮かべた彼の瞳が僅かばかり細められた。遠回しに台所の惨状について触れてほしいという私の見解は当たっていたらしく実は…と用件切り出した奥村さんは台所にあった平皿を手繰り寄せた。その上に乗っているとある食料の無惨な姿に私は目を見開いてしまった。

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