翌朝、メイクもそこそこに家を出たら丁度部屋の鍵を締める奥村さんと遭遇した。おはようございます、と挨拶をすると同じ言葉と一緒に御礼の言葉が返って来た。

「昨日は助かりました。お陰様で朝一で鍋を返しに行けて」

「いーえ。じゃ、私はこれで」

「あ、待って下さい。どうせなら下までご一緒に」

「……私は遠慮させていただきたいのデスガ」

曖昧に言葉を濁して逃げようとするもカーディガンの首根っこを掴み上げられ捕まってしまった。猫か私は、と心中でツッコミを決めつつ渋々奥村さんと一緒に階段を下りて行く。
話を聞けば私より三つ年上で、来週から駅前の塾で講師を始めるらしい。イケメンな上に頭が良いなんて恵まれてらっしゃる、なんとも羨ましい。双子のお兄さんも居るらしく、こちらはあまり要領は良くないらしい。お兄さんもイケメンなんだろうなあ、両親も美男美女なんだろうなあ。
ほわほわと奥村さんの家族の顔を頭の中に描いている内に私達は階段を下りきっていたので、ふるりと頭を横に振りそれじゃあと奥村さんに小さく頭を下げて自転車の元へと向かった。

自転車のハンドルを押してアパートから出ても奥村さんは階段の下から一歩も動かず、自転車に乗ってペダルを踏んだ所で一度眼鏡を押し上げ足を踏み出した。
今日は追い掛けてくる様子はないのでいつものペースでキコキコと自転車を漕いでいるものの、何故だが背後から視線がぐさぐさと刺さってくる。
ちらりと後ろを振り返ってみると競歩のように早歩きをしている奥村さんが一定の距離を保って私の後をついて来ていた。
信号で止まれば少し遠い所で彼も止まり、少し長い緩い上り坂に私が苦戦している間は歩く速度も少々緩んでいた。

そうして私が大学に着き駐輪場に自転車を停めているのを確認した奥村さんは満足気に一つ頷いて何処かへと去って行ってしまった。
え、何をしたかったんだろう。
奥村さんの行動が理解出来ず私の悩みは増えるばかりだった。

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