前に住んでいた修道院から手紙が届いたのはつい先日の事だ。修道院から四人も人が減って、しかもその中の三人は特に明るかった馬鹿だったものだからちょっとだけ寂しいと書かれているのを見て思わず便箋を握り潰しそうになった。三人は絶対にパパと燐兄と私の事だ、口元がひきつるのを感じながら手紙を読み進めていくと今はメフィスト・フェレス卿の保護下に置かれた修道院の事は心配しなくていい、パパのお墓はいつでも綺麗にしておくからたまには墓参りに来いと綴られていて手紙を読み終える頃にはひきつっていた私の口元はいつの間にか緩みきっていた事をよく覚えている。

「秋の花なんてコスモスかススキしか思いつかないや」

そもそもパパはお花なんか貰って喜ぶかなあ。お酒やちょっとえっちな雑誌の方が喜ばれる気がするし、お線香なんて添えた日には線香臭えと夢にまで出て来て説教されそうだ。パパはどうでもいい事に対してとても執念深い事は既に体感済みで、幼稚園の頃は雪兄みたいに体が弱かった為修道院に引きこもりがちになっていた私はある日えっちな雑誌を落書き帳にして遊んでいた所をパパに見つかり其処から一週間位口をきいてくれない事があった。今となってはいい思い出だけどあの頃は本気でパパに嫌われたと思って幼いながら自分なりに荷物を纏めて家出をしてみたりして…河原で見知らぬお兄ちゃんと遊んでもらった末に、疲れて微睡む私にお兄ちゃんが草むらにこさえてくれた花のベッドで眠りこけてしまい、河原に放置した儘の幼稚園のバッグから川に落ちたと勘違いし川に浸かって必死になって私を探しているパパの声で目を覚ました事もあった。
南十字には長い事住んでいたけどあれから遊んでくれたお兄ちゃんに会う事はなかった。子供は架空の人物を作りあげてそれを友達にすると聞いた事があるが、あのお兄ちゃんもそれに値するのだろうか。

「栗だ」

緩い坂道を上りきった所に大きな栗の木が茶に色を変えた毬栗を沢山抱えていた。既にコンクリートへと落ちているものもあり何個かは自転車に車に潰されてぺしゃんこに潰れていた。
風邪が長引きずっと微熱が続いていた私をこっそり連れて公園にある栗の木が落とした毬栗を足で器用に割り開く燐兄の姿が思い浮かぶ。毬が刺さらないかびくびくしながらコンクリートへ横たわる毬栗の一つをローファーを使って左右に引っ張れば、案外あっさりと割り開かれた毬の中からおおぶりの栗が顔を出す。

「ふぉおお…っ」

初めての毬栗剥きを体験した私は綺麗に剥けた達成感に酔いしれローファーで毬を開いた儘中から窮屈そうに身を寄せ合う栗を手にとった。手の中でころころと転がるそれは虫に喰われたような跡もなくたっぷりと詰まっているだろう中身に燐兄が作れそうな料理を一瞬にピックアップしていく。栗きんとん、渋皮煮、栗ご飯…あああどれも美味しそう!
世界一美味しい燐兄の料理に頭の中で涎を垂らしているといると横からかしゃんと音がして上品な装いの白髪の七十代くらいのおばあさんが出て来た。盛大に顔を緩ませ栗を持つ私に気付いたのか首を傾けながら私へとゆったりとした足取りで近付いて来た。

「貴方、そこで何をしてるのかしら…」

「ぴゃっ」

栗ご飯から秋冬の寒い時期にはお決まりの鍋物の妄想をしていた私はびくりと肩を震わせて我に返っておばあさんと目を合わせた。見られた事に頬を染めながら昔から兄から習った栗の取り出し方をやったら楽しくてつい、と笑うとあらあらと口元を隠して笑ったおばあさんは栗の木を見上げて目を細めた。

「この木はねぇ…コンクリートに塗り固められた地面から生えてきた木なの」

「おぉ…たくましいですね!」

「ふふふ、面白い子ねぇ…。…そうだわ、ちょっと待ってて」

くすくすと笑いながら家へ入って行ったおばあさんはスーパーのビニール袋を抱えて戻って来た。はい、と言われて促される儘に受けとれば袋からずしりとした重みが伝わって来る。中を覗いてみれば私が割った栗に劣らない大きさの栗がごろごろ入っていた。

「生でごめんなさいね。良かったらお兄さんと食べて頂戴」

「うわぁ…ありがとうございます!こんなに沢山…きっと兄も喜ぶと思います」

物を貰った時はちゃんとお礼を言うんだよと口を酸っぱくして日頃から雪兄に言われているので、素直に頭を深く下げてお礼を言えばおばあさんはにっこりと微笑んでくれた。燐兄に栗ご飯を作ってもらったらおばあさんにもお裾分けしよう、そう決意しながらおばあさんに別れを告げた私は再びパパのお墓がある南十字へと向かって歩き出した。



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