頬を撫でる風は冷たい。剣山のように指先や頬をちくちく刺しては私を攻撃してくる。あと一ヶ月もしない内にパパが眠る墓も、学園も白に染まるに違いない。
ゆらゆらと揺らめく身体は不安定で…あれ?パパの墓石に寄り掛かって寝てた筈なのに、どうして私の身体は今揺れているのだろう。コートも羽織らず寒空の下眠りこけていたにも関わらず身体は冷えておらず頬に当たる温もり、鼻を擽る嗅ぎ慣れたシャンプーの匂いと汗の匂いにゆるゆると瞼を押し上げてみる。
既に日は落ちて辺りは暗くなっていて、白い街灯の光が私達を照らし黒い影が伸びていく。街灯の明かりに照らされたのは私と同じ黒い髪の毛の短い襟足と黒のブレザー。ふう、と吐き出され宙に浮かぶ白息と紅色の刀袋だった。

「おー、名前。起きたか」

「……燐、兄」

「あんま心配させんなよ、クロが見つけなかったらお前今頃凍死してたぞ」

肩越しに振り向いて犬歯を見せて笑ったのは燐兄だった。にゃあ、と下方から響く高い鳴き声はきっとクロだ。パパにお別れも言えずに帰って来てしまった事に後悔を感じ燐兄の肩に手を置きながら修道院はと後ろを振り向くも背後の道は闇と街灯が延々と続いているだけで、辺りは既に南十字ではなく正十字学園の敷地内へと入っている。眠っていたせいでどうやって帰って来たのか分からない。電車やバスならまだしも、兄なら徒歩で帰って来ても何らおかしくはない。私は慌てて目の前の背中を思いきり平手で叩いた。燐兄の口から小さな悲鳴が漏れた。

「お、下ろして」

「ってー…んだよ、おんぶ位我慢しろって」

「違うっ、そういう意味じゃないもん、燐兄の馬鹿!」

続けざまに何度も背中を叩いて漸く足が止まった。面倒くせぇ妹だ、という呟きを聞きながら私は地面に下りるなり燐兄の手から鞄を二つ、取り上げて肩に掛けて歩きだす。
足元をちょろちょろと歩き回るクロに見ない振りをしながら足を動かしていると、後ろから燐兄が小走りで追いつき私の隣に並ぶ。
荷物を持つと言ったらきっと気味悪がられるだろうから、何も言わずに鞄だけを奪った。刀は燐兄の大切なものだし私じゃきっと危ないからと直ぐに取り上げられてしまうから敢えて手を付けないでおいた。

「おい」

「……」

「んな顔すんなって。ありがとな、よく歩きで帰って来たって気付いたな」

これは憶測でしかないけれど。クロから話を聞いた燐兄は塾の授業を放棄し走って修道院にやって来た。そしてきっと見たのだろう、赤い夕暮れの中でパパの墓石に寄り添って眠る私を。目元に残る涙の筋も。
兄は、その光景に何を思ったのだろう。三つ子の私でさえも、燐兄の考えている事が時々分からない。
礼も言わずぞんざいな態度の私に対して逆に礼を言ってカチューシャをずらさないように後頭部を撫でる手付きは酷く優しい。

燐兄の後から寮へ続く階段を上がっていきながら中学生の時と比べて広く大きくなってしまった背中を見つめる。中学の頃、猫背で背中も小さく見えていたのとは大違いで、何処か寂しく感じてしまうのはきっと冬の近付きを感じてセンチメートル?ミリメートル?な気分になっているからだ。
高校に入ってから遠くなっていく兄二人の背中に私はただぼんやりと見ている事しか出来ない。

私も祓魔師になったら何か変わるかな。
燐兄と雪兄の隣に立っていられるかな。

パパに会いに行って得たものはお婆さんから貰った栗と兄二人の後を追い掛けたい願望。
天才祓魔師と天才的馬鹿の間で宙ぶらりんになった私の叶わないちっぽけな願いだった。



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