燐兄と雪兄を取り囲む環境は昔からあまり良くは無かった。雪兄は体も弱いし泣き虫だからいじめの的だったし、逆に燐兄は短気で腕っぷしがいい為喧嘩を売られたり良心が空回りしてしまったり。
私がこの二人の間になろうと思ったのはいつの日だっただろう。遠い昔の事だったような気もするしつい昨日の事のような気もする。
自分で決めたような気もするし、パパに言われてそうしようかなと決めたような気もする。……私の記憶力なんて、案外ポンコツなんだなあ。

路面電車に揺られて久しぶりに降り立った故郷は全く変わっていなくて、小さく安堵の息を吐き出す。歩き慣れた修道院への道を進みながらも私の目線はいつも見ていた場所とは全く違う所ばかりを捉えていた。
風に揺られて身体を揺する葉っぱ達。へこんだ道路に溜まる水溜まり。ぼうぼうに伸びた雑草さえも私の目には新鮮に見えて中学校の時はどうして無感情でこの道を通っていたのか疑問さえ浮かんでくる。
ふと立ち止まり目を向けた先には幼い頃良くパパと燐兄、雪兄と一緒に遊んでいた古い公園がそのまま残っていた。今では幅が狭くて座れないブランコは昔パパに背中を押してもらう為に二つしかないその席を争って三人で大喧嘩をした事もある。中学校の時はあまり学校に行かなくなった燐兄とたまに此処に来てこっそりパピコを仲良く半分こして立ち漕ぎしながら遊んでいたっけ。
パパは私が燐兄の話を聞いているのを知ってか知らずか私の頭を撫ながら「俺の目が届かねぇ間は燐の事頼むな」と言ってくれたのを思い出す。

公園から目を逸らしてローファーでアスファルトを蹴り肩から下げた鞄の中にある筆箱をがちゃがちゃ鳴らして走り、目的だった修道院すら通り越して真っ直ぐ町の外れにある平地に連なる墓地へと向かった。

他の人と大差無い大きさの十字架が掲げられたパパのお墓は手紙で書いてあった通り、きちんと雑草の手入れがされていて修道院の庭で摘んだであろうコスモスが数輪添えられていた。ローマ字で掘られたパパの名前を見ている内にじわりじわりと視界が霞んでいき、頭の中は後悔でいっぱいになる。

「ふ、ぅ…パパァ…!」

もっとパパに私といる間の燐兄の事を伝えてあげれば良かった。
もっと燐兄にパパが心配している事を教えれば良かった。
思春期特有の気恥ずかしさが邪魔をしてパパに全然甘えられなかった。
最近パパに甘えたのいつだったっけ?
中学に入ってからパパと進路以外でどんなお話したっけ?

私まだパパにちゃんとありがとうって言ってない。
燐兄と雪兄と三人一緒に居させてくれてありがとうって、言えてない。
家出した時心配掛けてごめんね、川に入ってまで探してくれてありがとうってまだ言ってないよ。
パパ、パパ。私もっとパパとお話したかったよ。
世界でたった一人しかいないパパなのに、ありがとうもごめんなさいも言えてないなんて…!

「ふぇ…う、ぅう…!」

鞄が肩からずり落ちて地面に落ちるのも気にせず、私は顔を覆って泣いた。お葬式の時、パパが居なくなった実感が湧かず零れる事のなかった涙が後悔と共にパパの墓石を濡らしていく。
私達には"親"という絶対的な信頼を寄せられる存在はもう居ないのだ。メフィストさんは頼りなさすぎて駄目だ、とても親切な人なのは分かっているけれど時折見せる企み顔を見てしまうと好きになれそうもなかった。

一通り泣いて涙も収まってきてから、パパの墓石の隣に座って墓石へと寄り掛かる。冷たい墓石にパパの体温は何処にも見当たらず私はまた涙を一粒零して瞼を下ろした。



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