廉造が通っている塾で行われるハロウィンパーティーに招待された切っ掛けは何でもない、私の一言だった。

「塾ってどんな感じなの?」

半年近く付き合っていても未だに塾での様子を語ろうとはしない廉造に痺れを切らした私の我が儘に似た言葉。大した答えは期待していなかったが、暫く考え込んだ廉造は直ぐに携帯を取り出して何処かに掛けていた。「ああ、奥村くん?」「明日のアレなんやけどー」「おん、ほなよろしく」まるでお偉いさまが部下に電話で指示するかのように手早く通話を終わらせた廉造は、私に向き合ったかと思えば恭しくお辞儀をしてこう言い放ったのだ。

「名前ちゃんを塾にご招待します」

聞けば塾の生徒の一人がハロウィンパーティーに興味を持ち一度皆でやってみたいと騒いでいた所、通りすがりの塾長さんがその提案に賛同して急遽パーティーを開催するに至ったそうだ。聞けば参加人数は十人ちょっとらしくどうせならもっと人がいる方が盛り上がるだろう、という主催者のご好意によって急遽私の参加も決定したとの事。何かコスプレして下さいね、なんてやけに輝いた瞳を向けられもしかしてそれが目当てかと小さく溜め息が漏れてしまったのは、日々廉造からのセクハラの被害を受けている私の身になってみれば仕方がない事と思って大目に見てほしい。


翌日バイト終わりに予めアポを取っておいた事務所へと赴き事の次第を説明し、衣装を汚さない事を条件に何とか貸し出しの許可を貰い丁度事務所に残っていた他のモデルにも手伝ってもらって衣装室を漁りに漁ったのだが。

「…結局、これか」

廉造との待ち合わせの場所に向かう道中、紙袋に収まった衣装を視界に入れると思わず溜め息を漏らしてしまう。この衣装は勿論単品でも分かりやすいが、相棒となりえる別の衣装も存在する。ハロウィンならきっといるから大丈夫とモデル達に押し付けられたものの私は内心不安で仕方無かった。もしパーティーに相棒がいたとして、それが廉造じゃなかった時彼は一体どんな反応をするのだろう。嫉妬か羨望か…恐らく前者になるのだと思えば正十字学園へと向かう足取りも一気に重くなるのを感じた。

「名前ちゃーん、此方此方」

「ごめん、遅くなって」

「ええよええよ、此方もさっき料理運び終わったばっかやし」

待ち合わせ場所である正十字学園高等部前に着くと校舎に続く白い階段に座り込んでいた廉造がひらりと手を振って近寄ってくる。然り気無く袋の中身を見ようとするので露になっている額にでこぴんをして釘を差しつつ塾へと案内してもらう。学園をぐるりと回って着いた先は倉庫のようなプレハブ小屋で、私は塾は学園の中にあるとしてもこんな粗末な小屋の中にあるのかと首を捻ってしまう。小屋の扉が閉まらないように挟まってあった細い薪を足でどかし扉を開いた私の目に飛び込んで来たのはステンドグラスが篏めこまれた扉がずらりと並ぶ年季の入った広い廊下だった。

四隅に火の灯った蝋燭が立てられた空き部屋に案内されると既に他の人達は着替えを済ませているのか、制服や私服が机に置きっぱなしになっていたり丁寧に畳まれていたりと各々の性格が伺える。
廉造はトイレで着替えるからと言って教室を出て行ってしまい時折ジジッと音を立てる蛍光灯の下で着替えを始める。コスプレをするのは慣れっこだが顔見知りや初対面の人達に見せるのは些か戸惑ってしまう。
ああ、もう!塾を見たいって言い出したのは私なんだからうじうじしてるよりもさっさと行ってしまえと半ば開き直り、バイトの間に崩れてしまった化粧を直して颯爽と教室を出る。蛍光灯の光がステンドグラスから漏れている隣の教室に向かうと既に廉造は着替えを終わらせていたらしく教室の中からは聞こえる数人の声に混じって彼の独特な京都弁が聞こえてくる。

「っ、すみません、お待たせしました!」

羞恥に耐えながら扉を開けるとその場に居た全員の話し声がぴたりと止み視線が一斉に私へと向けられる。後ろ手で扉を閉めながらこつんと茶色のブーツを踏みしめると木製の床がぎしぎしと鳴り響くのがやたらと大きく聞こえた。

「わ、それはアカン!あきません!」

「…うわあ、廉造が狼かあ。以心伝心?っていうのかな、これは」

「う、嬉しいけど嬉しない…」

此方を見ている人々の反応は様々だ。何事も無い表情を浮かべる人、顔を真っ赤にさせている人、呆けた表情で私を見つめる人。顔を真っ赤にさせて慌てて私に近寄って来る廉造は制服姿に頭にふさふさとした灰色の耳、ベルトに取り付けた尻尾からして狼男だというのは直ぐに分かった。対して私は黒のビキニにふわりと広がるスカートに頭を覆う赤い頭巾と出で立ち、頭巾が何処からどう見ても赤ずきんだと分かってもらえたと思う。廉造が赤面していたのは私の露出が高いせいではなく。

「これ、見覚えあるよね?」

この赤ずかんの衣装は雑誌エロ大王で実際に着たもので、雑誌に出始めた頃から私のファンだったという廉造ならきっと見た事があるだろう。そう思って鎌を掛ければ肯定と言わんばかりに目が泳ぎ赤ずきん姿の私から視線を逸らす。そんな廉造にしてやったり顔を浮かべるながら彼の横をすり抜け初対面の人達に挨拶をする為に皆へと近付いていった。

廉造をあっと言わせた事に気を良くした私は挨拶を済ませるなり私のように上がビキニ姿の霧隠さんからのビールの誘いに乗り、缶ビールを五本あけた挙げ句泥酔して廉造に積極的に絡んでしまい結局私の部屋に持ち帰りされてぺろりと食べられてしまった辺り赤ずきんと狼になりすました私達らしい結末だとは思わないだろうか?