シャッと勢いの良い音を立てて引かれたカーテンの向こうに立つ彼にその姿を見せれば足早に彼が近寄って来る。恥ずかしくて視線を下げようとも直ぐに彼の爪の長い指が私の顎を捕らえ上へと向けられ無理矢理目を合わせられる。
頭のてっぺんから爪先まで舐め回すように私の身体を見つめた彼は満足気にその瞳を細めた。



正十字学園最上部、メフィスト・フェレス邸。
いつものように大学のレポートを作成していた私は突如この豪華な家へと「一時間以内に来ないとアマイモンがまた貴女の下着を出し散らかしますよ」という脅し混じりに招待され、指示通り慌てて一時間もせずに最上部へと向かえば、其処に居たのはこれが正装と言い張るピエロ姿のメフィストさんにいつもの服装のアマイモンさんが待ち構えていた。
「Trick or Treat」という流暢な発音と共に差し出された手を見て正直やられたと感じた。大学で忙しいせいで今日がハロウィンというのも忘れていた私にとってはこの悪魔兄弟の悪戯以上に恐ろしい物はない。
勢い良く扉を閉めて逃亡を図るも運動神経が発達しているアマイモンさんに拠って直ぐに捕まってしまい、お姫様抱っこいう公開処刑と共に再びメフィストさんの私室へと戻る。

「つまり?私達に寄越す菓子はないと」

「仮装くらいして下さいよ、もう…二人共いつもの格好じゃないですか」

「悪魔が仮装したって面白くもない。仮装をするのは貴女ですよ」

パチンと指を鳴らしたメフィストさんに呼応しぼふんと煙に包まれて現れたのはピンクのカーテン付きの試着室、その壁に掛かっている衣装を見て私の顔が青く変色していく。せめて他の、例えば被り物とか無かったんですか!
異議を申し立てるも「菓子を用意しない貴女が悪い」の一言に撃沈し試着室へと押し込まれ…冒頭へと戻る。

メフィストピンクと名付けられたピンクのエプロンドレスに白いストッキング、ピンクのエナメルシューズ。ぱっと見た瞬間、これはまんま不思議の国のアリスのメフィストピンクバージョンではないだろうかと思うだろう。しかし違う。何が違うかと言えば、頭部のデザインが全く違う。
黒いリボンのみだったアリスに比べ、私が付けているのは私の髪の色に合わせた黒い猫耳カチューシャ。エプロンドレスの臀部からは黒い尻尾が飛び出ていて先端には金色の鈴すらついている。

「何だよう、これは何なんだよう」

「……名前、にゃあと言って下さい」

「にゃあ」

「……」

私が着替え終わった頃には既にメフィストさんの姿は無く主の居ない部屋にアマイモンさんと二人きりになってしまった。豪華な椅子に座ったアマイモンさんに横抱きにされたまに無茶を要求される、まるで本物の猫にするように頭を撫でられ私はふらふらと艶やかなエナメルシューズを揺らしながら適当に無茶振りをあしらってアマイモンさんのジャケットに顔を埋める。化粧してなくて良かったと思う辺り私に足りない物の一つに女子力が挙げられる事がよくお分かりになるだろう。

「家に帰りたいです」

「語尾ににゃあと付けて下さい」

「何か今日に限ってノリノリですね、アマイモンさん」

顎を指先で優しく撫でられるもその長い爪が当たって落ち着かない。今日は私を猫扱いする事を決めたらしいアマイモンさんに更なる無茶振りをされて溜め息を漏らす。早く着替えてレポートしたい、でも「今日はお菓子をくれない奴は罰ゲームの日」というメフィストさんの刷り込みを受けたアマイモンさんをかわすのは今の私の技量ではまだ不可能だ。
どうしたものかと考えているとふと、ある事実に気付く。

「…アマイモンさん、今日は食べ物の匂いがしませんね」

「……」

肩に埋めていた顔を上げてすんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐもアマイモンさんからは食べ物の匂いは一切しない。いつも絶えず何かを食べている筈なのに、今日は何も口にしていないらしい。メフィストさんの部屋の机の上にはハロウィンカラーの飴やチョコ、マシュマロにクッキーがどっさり乗っているのに、そちらには一切目を向けようとしていない。


ああ、成る程。


何となく頭の中に浮かんだ予想があまりにも辻褄が合いすぎていて逆に納得してしまった。とどのつまりアマイモンさんは本命のお菓子を食べたいから他のお菓子を我慢しているのだ。
お腹一杯だったら本命を出されても食べられないから、と理由も打ち立てるとほぼ完璧な気がしてこの数ヵ月、ただ一緒に居ただけじゃないんだなと改めて自分に感心する。

「アマイモンさん」

「……何ですか」

ジャケットを引っ張るとぎょろりと瞳を動かして私を真っ直ぐ見つめるアマイモンさんに向かって手を丸め、猫のようにちょいちょいと動かしながら首を傾ければ彼の瞳が僅かに見開かれた。

「家に帰って一緒に生キャラメル作るにゃー」

くいくいと丸めた手でアマイモンさんの肩口を撫でると急に身体が浮遊感に包まれ、あっという間に暗闇に包まれた夜空へと飛び込んでいく。…え、ちょ、ちょっと待て!

「名前は気付くのが遅い。待ちくたびれました」

「えっ、やだやだ、この儘はやだ!あっ、あああ、アマイモンさぁぁああん!!」

先程言った通り、好物の生キャラメルの為に疾走するアマイモンさんを止められる技量など持ち合わせていない私はピンクのエプロンドレスと猫耳、尻尾を生やした儘夜の正十字学園を駆ける羽目になった。