クリスマスイヴの夜、最後のバイトを終えた私は店長からバイト代の入った封筒とクリスマスプレゼントと称した余り物のケーキを戴いた。
家に帰っても珍しく部屋は暗く、主である臨也さんの姿はなく、波江さんが作ったらしいシチューパイと照り焼きチキンがあったのでレンジで温めたそれを口に運びながら貰ったケーキをデザートに食べた。子供用の小さなホールケーキはぺろりと胃袋に収まってしまい、これは明日から死ぬ気で運動しなければと苦笑してしまう。
箱をゴミ箱に捨ててシャワーを浴び、寒いし特に遅起きする理由も無い為早々にベッドに入った。
クリスマスくらい臨也さんも仕事を休めばいいのに、自由業のくせに働き蟻なんだから。そう考えながら目を閉じたのは、きっとご飯を食べる時には目の前に居た薄い笑顔のあの人が居なかった事が存外なダメージを与えていたからだと思う。

朝、目を覚まして一番最初にした事は枕の隣にプレゼントがあるか…ではなく直ぐに廊下へと顔を覗かせ臨也さんが帰って来ているか確認する事だった。
階下では物音一つしなかったものの僅かに人の気配はする。きっとまだ臨也さんは自室のベッドで夢の中なのだろう、出来るだけ物音を立てないように階下へと下りて行った。
波江さんは大好きな弟さん(とその彼女さん)とクリスマスを過ごすらしく、珍しく時計の短針が八を過ぎても玄関の扉が開く事は無かった。
ホットサンドメイカーで適当に盛り付けた具を挟んだ食パンをプレスして簡単な朝食を作る。鍋に牛乳を注いで火に掛けつつマグカップにココアの粉をティースプーンに山盛りで三杯入れておく。
鍋のふちが泡を作ってくれば、もう十分温まっている。少量ずつマグカップに注いでスプーンで丁寧にかき混ぜれば簡単にミルクココアが出来る。
表面に焼き色がついたホットサンドをまな板に移し包丁でバツを付けるようにカットして三角形のホットサンドを四等分にする。二つは私が、もう二つはいつ起きてくるか分からない臨也さんの朝食になる。二つを皿に乗せてココアと一緒に食卓へと運び残りの二つは平皿に乗せてラップをして其の儘台所に置いておいた。


朝食を終え洗い物を済ませた私は臨也さんに外出する旨の書き置きを残し家を出て目当ての物を探して池袋の服屋巡りに勤しむ。イメージが合わなかったりデザインに納得いかなかったりで気が付けば片手を超える程の店を数時間掛けてハシゴし、最後に訪れたシックな内装の洋服店で上品な振る舞いの店員さんととことん話し合った末に漸く納得出来る物を購入する事が出来た。

すっかり日を落とし昼とは違い若者が蔓延る夜独特の雰囲気の池袋のジャンクフード店で一人前のクリスマスパックと私的に食べたかったポテトをテイクアウトで購入した。チキンやポテトの匂いが先程購入したものに移らないように各々を違う手で持ち山手線に揺られ新宿駅から徒歩で家へと向かう。
住まいであるマンションの下から全面ガラス張りとなっている最上階を見上げれば部屋の電気が点いていて、ジャンクフードを毛嫌いする臨也さんの為にも今日の夕飯は部屋で食べようと考えつつタイミングよく一階で待機していたエレベーターへと乗り込んだ。


「ただいま帰りましたー」

オートロックで施錠された部屋の鍵をカードキーで解除し玄関の扉を開けるも、リビングの方から漏れて来る明かりの向こうからの返事はない。寝ている間に外出して拗ねてしまっただろうか、しかし臨也さんはそんなに私に執着しているとは感じられず脳裏に浮かんだ考えを直ぐに打ち消した。
焦げ茶の犬のスリッパを履いてリビングに入ると其処には驚きの光景が広がっていて私は思わず硬直してその場から暫く動く事が出来なかった。
私の前では一切気を緩める事なく接していた臨也さんがソファに仰向けになった儘新聞をアイマスク代わりに顔に被せて胸を上下させて健やかな寝息を立てていた。

「あ、う…い、臨也さん…?」

何だか見てはいけないものを見ているような気分に陥りながらも硬直した身体を引き摺って恐る恐る臨也さんに近寄り声を掛けて見るも僅かに室内に響く寝息に乱れは生じない。確かに此処最近かなり忙しいみたいだったから疲れているのも当然かもしれない、が相手はあの臨也さんである。
誰の前でも作った笑みを浮かべて常に警戒をしている臨也さんが、こんな形で私に寝姿を晒す日が来るとは。

「おなか、ぺったんこじゃないですか…」

仰向けになっている腹を確認代わりに軽く手を置いてみると膨らみは一切無く逆にへこんでいるのではないかという錯覚にすら陥る。
朝食に珈琲、昼食に私の作ったホットサンド、夕飯の前に転た寝…という臨也さんの偏りがちな今日一日の食生活が頭に浮かび私は小さく溜め息を吐き出した。

臨也さんのデスクから鋏を拝借してから徐ろに紙袋の中から買ったばかりの物を引っ張り出す。夜空のようなネイビーブルーのカーディガンはそれなりに良いものを買ったおかげか安物特有のウールのごわごわ感もなく、細かい網目で隙間無く編み上げられ部屋着の上から羽織るのには丁度良い。
暖房があるとは言え冬場の部屋着がタイトなカットソーとスラックスのみという見ている此方が寒い格好をしていて、これではいつ風邪を引かれるか分からないと危惧した私はクリスマス前にバイトをしていつもお世話になっている臨也さんにカーディガンをプレゼントしようと思い付き早速実行に移したのだった。
パチンと音を立ててカーディガンのタグを切るとボタンを外して男物の其れを広げて臨也さんのお腹に掛けてみる。臨也さんの痩せた体躯には少し大きそうだったがまぁただの部屋着なわけだし、これ位は我慢して貰おう。
臨也さんの黒に馴染む夜空色のカーディガンに満足気に一つ頷いた私は、チキンとポテトの入ったビニールをテーブルに置いて着替えるべく二階へと上がって行く。


にこにこと笑みを浮かべた臨也さんがしっかりとカーディガンを着込み私が買ったチキンとポテトをテーブルの下に転がし、私が貰った物ではない「MerryX'mas」と書かれたチョコプレートが乗った生チョコのホールケーキをぽつんと食卓の真ん中に置いて席に着いているのに気付くのにはあと数分掛かる事だろう。

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