おしるこが好きなしーちゃん、実はおしるこ以外の甘いものはあまり好きじゃない。おしるこの自然な甘味と違って人工的だし主張しすぎてる、なんて専門家みたいな事を謂っていた、ので、明日のバレンタインは高尾くんの分としーちゃんのお父さんの分だけ作る事にした。しーちゃんのお父さんは甘党だからね!
「作りすぎちゃった…」
二人分のラッピングを済ませても尚深皿にどっさり山盛りになったアイスボックスクッキーを一つ毒味しながらぼやく。他に誰かあげる人なんていないし、両親は来週まで出張だし、クラスの皆に配ってあるこうかな…。
クッキーの処遇は決まったし、しーちゃんのおしるこ好きを思い出したらぜんざい食べたくなっちゃった。つぶあんあったっけ。白玉粉、白玉粉…。
◆
甘ったるいチョコの匂いがふわふわと香る学校内。誰かが何処かで開封したんだろうなあ、クッキーを入れて持ってきた紙袋にも既にクラスの女子から貰った義理チョコがたんまり入っている。ふふふ、これで暫く甘いものには困らない!家に帰ったら昨日作って冷やしてるぜんざいちゃんがあるしね!!バレンタインありがとーございます!!
高尾くんにクッキーを渡すためバスケ部の部室から少し離れた所に座り込んで待つ。高尾くんのクラスを知らないのに気付いたのは先程だが、クラスの数が多いのでこれは勘弁してほしい。暫く廊下を行き交う人達を眺めて暇を潰していると聞き慣れた声と足音が二人分。
そちらを見やるとあちらさんも私に気付いたらしく黒髪の片割れがへらりと笑って私に手を振ってくれた。本日のターゲット、高尾くんです!
「しーちゃん、高尾くんお疲れー」
「こんなところで何をしているのだよ。通報されろ」
「八つ当たりしたって無駄無駄ぁ!あ、高尾くん、クッキー作ったんだけど良かったら食べない?」
「マジで!?うっそ!食う!」
きっと女の子達から山のようにチョコを貰って、それをばっさり断る、を何度も繰り返してきたに違いない、しーちゃんの顔から明らかに機嫌が悪いですよオーラが出ている。それは毎年恒例の事なのでスルーして、本題である高尾くんへのクッキーを取り出す。高尾くんが持ってる紙袋には既にいくつかチョコが入ってる。おモテになりますなあ。
「真ちゃんの分は?」
「ないよー。ご覧の通り、バレンタインとは相性の悪い男なのだよ?」
「………」
クッキーを大事そうに紙袋をしまった高尾くんが我が幼馴染みの顔を見上げる。問い掛けには首を横に振って否定する。毎年あげてないしいつもの事だよね?と同意を求めるも幼馴染みから肯定の返事がない。それに何か、睨まれてる。はっ!まさか!!
「『俺の相棒に手を出しやがって!許さん!』ってこと!?そうなの!?」
「どうしたの名前ちゃん!?!?」
「大丈夫だよ!別に高尾くん好きなわけじゃないし!安心して、高尾くんを返すよしーちゃん!」
「待って!今サラッとひどいこと言われた!」
怒られるのは勘弁!高らかに義理クッキー宣言をして風の如く逃げ帰る私なのであった。
それにしても、しーちゃんがそんなに高尾くんのことを大事に思ってたなんて思いもしなかった。高校に入ってからしーちゃんは変わった。なんわかんやありながらもバスケ部ではうまくやれてるみたいだし、高尾くんっていう相棒もいるし。幼馴染みはもう、必要ないのかもね。……でも、そうしたら、私はどうなるんだろう。しーちゃんだけが友達だったのに、ひとりぼっちになっちゃうなあ。…そもそも、私、しーちゃんの隣にいて迷惑だったのかもなあ。最近は家に行ってもいないし、バスケに夢中だから構ってくれないし、そういえば最近は一緒に帰ったりもしなくなったっけ…。嫌われちゃったかな。甘やかしてくれるから、甘えたから、うんざりして嫌になっちゃったのかな。我が儘で気分屋で皮肉屋だけど優しいからなあ。そんなところが………好き、で。あ、そっか、私…しーちゃんの事好きだったのか。昔から、ずっと、ずーっと好きだったんだ。
「……っ」
とぼとぼと一人帰路を歩きながら滲む涙を無理矢理引っ込ませる。何が悲しくて嫌われた後に幼馴染みへの恋心を自覚してるんだ。惨めだなあ、明日から顔合わせづらいなあ。家の鍵を開けて玄関に入った瞬間に溢れる涙は何回頑張っても引っ込んでくれなかった。制服を今のソファに脱ぎ捨てて下着姿に靴下姿のまま自分の部屋のベッドにダイブした。
ふ、と意識が浮上する。
くらい。つめたい。さむい。いたい。
次々と浮かんでくる感情の波を掻き分けて状況を整理する。しーちゃんに嫌われて、傷心のまま帰宅、泣いたら眠くなって寝ちゃった。うん、そこまではオッケー。ただし暖房つけずに下着姿で布団も被らずに寝ていたせいだろう。うん、頭痛い、寒気すごい、抜糸を終えた足の傷がじくじく痛む、あとは…
「ふぇっくち!」
冷たい空気に晒され鼻がつんと痛む。
やばい。風邪引いた…。着替え、ないと。あ、でも手足の感覚がない。体が倒れた。達磨になった、気分だ。喉から漏れる息がひゅう、と鳴る。感覚がないのに足の痛みは伝わってくる。どうしよう、この状態…このまま凍死するんじゃないかってくらい寒い。お父さんもお母さんもいないから、誰かに、助けて、もらわないと…いけないのに。助けてくれる人が、いない。
「ふ…っく…っ、〜〜〜〜!」
何とか動いてみようと無理矢理体を動かした結果胸から落ちて足の傷口がベッドに嫌な角度で擦れて痛みが倍になる。声にならない声が唇から漏れ目尻から枯れた筈の涙が零れる。いたい。いたい。
痛みに悶絶していると頭上がぱっと明るくなる。誰だろう、お父さんかお母さんが帰ってきたのかな。
「物音がするから来てみれば…寝惚けているのか?服を着るのだよ!」
しーちゃんだった。ひゅう、と息を吐き出すと起きたと判断したのか頭上からお説教が降ってくる。胸から落ちたせいで息がうまく出来ない。返事をしたいのに、声を掛けたいのに声が出ない。
「いいからさっさと起きろ!人の手を借りんと何も出来ないの、か……?」
何も出来ないなあ。しーちゃんがいないと何も出来ないし何も残らないし、何もない。無、なのかもしれない。
苛立たしそうに足音を立てて私に近付き手首を掴まれる。じんわりと伝わるしーちゃんの体温に安心する。でも、しーちゃんはそうじゃなかったみたい。声色が困惑から焦りに変わり、あんなに動かなかった私の体はいとも簡単に起こされる。膝の裏と背中、右半身が温かくて無意識にそちらに体を寄せる。肩に何かを羽織らせられ首に掌を当てられ頸動脈の辺りでじっと動かない。お医者さんみたい、あ、しーちゃんのお父さんはお医者さんだっけ……。
寒かった体が今度はじわじわと熱くなってくる。熱が上がってきたのだろうか、明日学校行けるかな…。ああ、腕を動かしたいのに体が重い。
「名前」
「……」
「泣いていたのか」
「足、いたい、から…」
「寝る前にも泣いていただろう」
濡れて湿った目元を乾いた指がなぞる。ひりひりと痛むそこは確かに寝る前に泣きはらしたのが原因なのですが。素直にうんとは言えずにひゅうひゅうと喉を鳴らして黙りこむ。沈黙を肯定と取ったのか私の顔を覗き込んでくる。
「誰かに何かされたのか」
「……」
「言え」
首を横に振る。反動で少し気持ち悪くなってしーちゃんの肩に寄り掛かる。顔色が悪くなったのか、表情で察したのかしーちゃんは壁に寄り掛かり私は伸ばした膝の上に乗せられしーちゃんの胸元に引き寄せられた。わあ、ぎゅーってされてるみたい。しあわせー。胸元に鼻先を埋め熱が上がって思考がふわふわしてきた私の頭をテーピングが外された手が乗り、優しくあちこち行き来する。ああ、これ、きもちい。
「寒くないか」
「へーき」
「具合はどうだ」
「ぐあい」
「……痛いか?」
「……」
問い掛けられたので顔を上げて答える。思考がうまく回らないので自分でも何を言っているのかわからない。
「…っ、う」
ぼろりと涙が零れる。頭を撫でていた手が止まった。困ったように眉を下げ、伝う涙を拭ってくれる。
「…どうしたのだよ」
「…おこってる?」
「もう怒ってない」
「きらっ、きらいになった?」
「……なってない」
「じゃあ、すき?」
「………」
答えをくれない。すきじゃないのかな。
すきなの、やっぱり私だったのかな。
あたまがいたい。ぼんやりする。くらくらする。鼻を啜るとほっぺたを両手で包まれる。
「貴様は不快な生き物だ。オレの周りをうろちょろして構え構えとちょっかいを出してくる」
「……」
「だが、今は…それが心地いいと感じる時も…ある」
「……」
「馬鹿で愚鈍な奴など目障りなだけだが」
「…うどん?」
「……今更手離して他の奴にやるのも気に食わん」
「…?、?」
「貰い受けてやるのだよ」
よくわからないけど貰われるらしい。