友達と遊びに行くから迎えは要らないと臨也さんの送迎を断った私は一人、池袋にあるとあるケーキ屋の休憩室でバイトの面接を受けていた。週明けからクリスマスまでの一週間、超短期でのケーキ売りのバイトの募集をしていたので応募する事にした。
臨也さんや波江さんには何も言っていない。下宿するにあたっての条件に「バイトをする時は要相談」とは書いていなかったし、何より此処最近の臨也さんはとても大きな案件の処理に当たっているらしく。送迎の際のタクシーの中で目を閉じた儘じっとしている事が殆どだ。
私の事で更に気を遣わせていけない、二人で夕飯を囲った時も疲労の混じった微笑みを繕う臨也さんを見てバイトの事は何も言うまいと誓ったのだった。

「うん、問題無いし採用かな」

「本当ですか?ありがとうございます!」

「今からでも大丈夫?研修というか雰囲気を掴んで欲しいっていうか」

「はい!大丈夫です、よろしくお願いします!」

じゃあ八時までよろしくね、と店長の女性が栗色の髪を揺らして笑い、私にエプロンと研修中・折原と手書きで書かれたネームプレートを差し出した。

「ありがとうございましたー」

「いい感じね、挨拶も接客態度もその調子」

店長がお客様からケーキの注文を聞き箱に納めていく間に私がレジを打って会計をするという流れをこの三時間続け、やっとレジ打ちや接客にも慣れてきたという所に現れたのは金髪にグラサンを掛けた長身のバーテンさんだった。
買い出しでも頼まれたのか、首に巻かれたモスグリーンのマフラー以外には財布しか握られておらずとても帰り道に寄った、とは言い難い様相だった。

「あー…シュークリームとカスタードプリン」

「ありがとうございます、此方で会計お願いします」

「っス……ぁあ゙?マイル…いやクルリか?」

「……え?」

バーコードリーダーで手元のバーコード表からシュークリームとカスタードプリンを探していると頭上から驚いたような声色が降って来て思わず顔を上げる。バーテンさんが財布のファスナーに手に掛けた儘ぽかんと口を開けて此方を見つめていた。マイル?クルリ?ってなんだろう、代金の支払いなら…クレジットカードとか?でもこのお店は現金しか対応出来ない。

「申し訳ございません、会計は現金以外の支払いは出来ません」

「は?」

「え?…マイルが何とかって、クレジットカードのご利用についてですよね?」

「え、や…お前、名字…」

「はい、私は折原ですが」

言葉の端々が粗暴でちょっと怖いものの何とか平常心を保ちながらバーテンさんと噛み合わない会話を続ける。どうやらマイル、クルリは名前らしく、私をその人と間違えたらしい。折原名前ですと名前を明かせば素直に自分の非を認めすまんと短く謝られてしまった。

「ありがとうございました」

「いや…悪かったな、間違えちまって」

「いいえ、お気になさらず」

レシートを受け取りシュークリームとプリンが入った箱を受け取ったバーテンさんは帰り際にもう一度謝ってから自動ドアを潜っていった。背中が見えなくなってたっぷり時間を掛けてからぶわっと涙が溢れた。こ、怖かった…!

「大丈夫?あの人知り合い?」

「ち、違いま…初対面、で…。うう、怖かったです…」

「そう…あの人、あれでも常連さんなのよ」

「えっ」

あの怖そうな外見の人がケーキ屋の常連だと。この世の中何があるか分からないとぼんやり考えながら差し出されたティッシュを礼を言いながら受け取り目に押し当てた。


「どうしたの?その目」

「え?」

「ちょっと赤くて腫れぼったくなってる」

九時半に家へと帰って来た私を一階の事務所の定位置であるパソコンの前で出迎えた臨也さんは、二階に上がろうとする私を呼び止めたかと思えば目の腫れについて指摘してくる。コートの釦を外しながら電柱に頭をぶつけたと適当な言い訳をすると臨也さんのセピア色の瞳がきゅうと細くなった。

「夕飯食べる?今日はシチューだよ」

「はい、いただきます。今着替えて来ますね」

臨也さんの目から顔を逸らしスリッパをパタパタと鳴らして二階へと上がっていく。部屋着に着替えたら手洗いうがいの前に顔も洗わなければ。
フェイスタオルで顔の水気を拭いながら階段を下りて行くと食卓にはふわふわと湯気が立つシチューが二つ並べられていて、臨也さんの姿はパソコンから食卓へと移っていた。

「名前ちゃん早く。俺もうお腹ぺこぺこ」

「え?臨也さん、ご飯まだだったんですか?」

「ちょっと仕事が立て込んでてねぇ」

「まだ忙しいんですか。明日から送り迎えいいですよ、私一人で登下校出来ますし。そろそろ冬休みですし」

腹を擦って着席を促す臨也さんは夕飯をまだ食べていないらしく溜め息を吐き出してうっすらと隈の出来た目元を擦る。臨也さんの向かいに座った私は然り気無く送迎を断りつつ手を合わせていただきます、と呟きスプーンを手に取るとシチューを掬い上げた。

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