電話を終えて部屋に戻ると、しーちゃんはもうベッドに潜り込んで丸くなっていた。
寝てしまったのだろうか、部屋の扉をなるべく音を立てないように閉めながらベッドに近寄る。
「お母さんからだったよ、今日は名古屋でお泊まりするって」
「……」
「泊まって様子見るって言ったらご飯とお風呂、着替えも真太郎のをって押し切られちゃった」
「……何だと?」
其処まで言うとしーちゃんがバネでも仕込まれたかのように勢い良く飛び起きた。寝てないと駄目、と言ってやんわり肩を押しても全く動かない、鍛えすぎだよしーちゃん。
「台所とお風呂と、あとしーちゃんの着替え借りるね。牛乳の消費期限がそろそろらしくて…シチューミックスあるならシチューにしようかな」
「待て。何故俺のを貸さねばならないのだよ」
「え、ごめん…嫌だったよね。ならやっぱり家に帰った方がいいね。ご飯もお風呂も家で済ませて…牛乳はシチュー作っておくから、明日の朝ごはんにすればいいし」
「箪笥の一番下のを使うのだよ!」
眼鏡を掛けておらず、きゅーっと目を細めながら不満そうに言ってくるのでやはり家に帰る旨を伝えると眉間に皺を寄せながらベッドに潜ってしまった。箪笥の一番下、なんだろう。クローゼットに収納されてある箪笥の一番下の引き出しを引っ張ると、中学校の頃にしーちゃんが着ていたTシャツとズボンが出て来た。もう入らないサイズのものだし捨てたのかと思ってた、感心しながら手に取ってみるとまるで最近洗濯したばかりのように手入れが施されていた。サイズが合わないものを手入れ…そんなに思い出が詰まっているだろうものを借りてもいいのだろうか。しかし今のしーちゃんのTシャツやズボンは大きすぎるのは先日の足の怪我の件で自覚済みだ。大人しくこのTシャツとズボンを着替えとして借りる事にしよう。
「ありがとう。これ、借りるね」
箪笥から水色のTシャツと黒いハーフパンツを引っ張り出して蚕みたいに丸くなっているしーちゃんの背中に声を掛けて食事と風呂を済ませるべく一階へと向かった。
◆ ◇ ◆
緑間家には一部屋だけ畳が敷かれた和室があり、其処には縁側と小さな庭がある。ただ前述の通りしーちゃんの両親は多忙、しーちゃん自身もバスケに夢中でこの四畳半程の庭の手入れをする人は誰もいない。
襖を開け放って空気の入れ換えをしながら縁側に座ってぼーっと月明かりに照らされる雑草だらけの庭を眺めていると、とんとんと階段を降りる音が聞こえてきた。トイレに行くという予想に反して階下を彷徨く足音が響き、暫くして足音は襖の開け放たれた和室の前で止まった。
「何をしているのだよ」
「お布団敷く準備」
「此処で寝るのか」
「しーちゃん、一緒に寝るのは嫌みたいだから」
怪我をして一晩泊めさせてもらった晩、寝場所は自然と和室にという流れになった時に連絡も無しにお邪魔したにも関わらず昔みたいに一緒の部屋で寝たいと子供のような駄々を捏ねてしまった。結局しーちゃんが折れてしーちゃんの部屋で寝る事が出来たけれど、夜中に起きた際に寝ぼけてしーちゃんのベッドに潜り込んでしまい暫くしーちゃんの機嫌は地を這っていた。
「……」
「しーちゃん、トイレじゃないの?あんまりうろうろしてると熱上がって辛いよ」
「……」
「もしかしてもう既に具合悪か……っわ!!」
バサッと大きな音と共に目の前に敷布団が落ちてきて思わず肩を竦める。続けて枕とタオルケットがばっさばっさと降ってくる。あ、このタオルケット昔しーちゃんと一緒にお昼寝してた時によく使ってたやつだ懐かしい……じゃなくて!病人がてきぱき動いてるー!私居る意味無いよー!
「って、何で二人分……?」
隣合って敷かれた布団に疑問を抱き首を傾けながらしーちゃんを見上げる。無言の儘しーちゃんは布団に潜り込む。自室があるくせに、私が一緒がいいって言うと嫌がるくせに。じとりと非難を交えた視線を送るも背中を向けられシャットアウトされた。背中を軽く叩いても完全無視を決め込んだのか反応はない。
しーちゃんの馬鹿、心の中だけで暴言を吐きながら私も布団に潜って背中に頭突きしてやった。いつもは遠い背中が今日は近くて、ちょっと安心した。