私の両親も忙しいけれど、しーちゃんの両親も忙しい。しーちゃんの両親は寝る為に家に帰っているような生活をずっと続けている。どちらかが家で私服姿でいるなんてレアだし、両方揃って朝御飯を食べる日にはきっと何かが起きるのだと息子である筈のしーちゃんがそわそわしてしまうほど。因みに私が足を怪我した時にしーちゃんのお母さんがいたのはそのレアなケースの一つである事を付け加えておく。
そんなしーちゃんのお母さんが登校前の支度を進める私を訪ねてきたのが今朝の事である。

「真太郎が風邪引いて寝込んじゃったんだけどこれから出張で名古屋に行かないといけなくて…」

かっちりとスーツを着込んだしーちゃんのお母さんは申し訳無さそうに事の次第を話してくれた。学校は休ませたけど目を離すと部活に行ってしまいそうで心配だから、帰りに様子を見て欲しいと頼まれ緑間家の合鍵を渡された私は怪我をした夜に泊めてもらった時の礼も兼ねてと二つ返事で首を縦に振った。既に菓子折りを渡してはいたが、お隣さん同士困った時は助け合わないと。

学校が終わってから高尾くんから見舞い品のゼリーを預かりコンビニに寄って食料を買ってから隣の緑間家に入る。しーちゃんが居る筈なのに薄暗く静まりかえった室内に虚無感を覚えた。
しーちゃんのお母さんから教えてもらった通りチェストから風邪薬と冷却シートを取り出す。しーちゃんが風邪なんて何年ぶりかな、なんて考えつつ台所に向かい棚から土鍋を取り出しささっと軽く洗い水を入れてからコンロに置いて火に掛ける。しーちゃんは風邪を引くと味覚が敏感になるので味は薄めな白粥を作ってから溶き卵を流し入れネギを散らしてから火を止めて蓋をする。余熱で卵が固まるのを待ちながら盆にしーちゃんがいつも使っている茶碗と蓮華、薄めたスポーツドリンクと風邪薬を乗せてから最後に土鍋を置いて替えの冷却シートと高尾くんの見舞い品を持って二階に上がって行く。

「……名前…?」

「うん。入るよ」

部屋の中から覇気の無い声色で私の名前を呼び掛けるしーちゃんに返事をしてから肘で部屋の扉を開けて中に入る。この前入った時と変わらない部屋の中でベッドの布団が人の形に膨らんでいる。テーブルに盆を置いてからベッドに近付くと人の形の膨らみがもそもそと蠢いた後、眼鏡の無い素顔の儘のしーちゃんが布団からぼんやりと眠たそうに顔を出した。

「…学校はどうした」

「もう終わったよ。高尾くんから“土日は風邪治すのに人事を尽くすのだよ”だって」

「……今日は…金曜か」

枕元に置いてある体温計を渡して熱を計らせながら冷却シートを交換する。端の方が乾いてかぴかぴになっているし布団から出た形跡もないので、朝から私が家に来るまで熟睡していたらしい。電子音が響き体温計を此方に差し出してくるしーちゃんにお手洗いに行くよう促す。

「…うわ。まだ39度もあるの」

一日寝て汗をかいていたら熱は幾分下がると思っていたのに、体温計の数字はまだ高熱といえる数字を表示させている。これは朝、食欲がないと言って薬飲むのを回避したな。お手洗いから戻って来たしーちゃんを睨むと首を傾げられた。こういう時に限って眼鏡外さない所がわざとらしい。

「食欲ある?卵粥あるよ」

「食べる」

「…まあ…一日熟睡してたらお腹も空くよね」

しーちゃんにカーディガンを羽織らせベッドに座らせてから土鍋の蓋を開けて卵粥を茶碗半分程よそい、作りたてほやほやで湯気が立つ其れをしーちゃんに渡す。小学校の頃は食べさせるのだよーって駄々を捏ねて手を煩わせてくれたものだが今はそういう事も無くなりしーちゃんがお粥を食べている間に粉薬をオブラートに包む作業を進める事が出来る。のだが。

「おい」

「なに?」

「食べさせろ」

「えっ」

湯気が立っている茶碗を突き返され一瞬思考が止まる。中学に入ってキセキの世代と呼ばれるようになってから大気圏を突破する位にまでプライドが高くなってしまったしーちゃんが食べ物を食べさせろと言うなんて…。…これは風邪が治った後に「そんな事覚えていないのだよ」と馬鹿にされるパターンか…成る程成る程。

「…まあ、病人だし仕方ないか」

渋々茶碗を受け取り粥を蓮華で一口分掬い、息を吹き掛け冷ましてからしーちゃんの口元に運ぶ。口を開けて与えられる食事を黙々と咀嚼するしーちゃんは何だか母親に餌をねだる雛のようで可愛く見えてしまう辺り、私も末期なのかもしれない。
しーちゃんが風邪を引いた時はいつも私が看病していたからそう感じるだけなのかもしれない。茶碗一杯完食してもういらないと言ったしーちゃんにオブラートに包んだ薬とスポーツドリンクを渡して茶碗を盆に戻す。

「しーちゃん、お母さん今日帰ってくるの?」

「何も聞いていない…が、どうせ帰ってはこないだろうな」

「そっか、なら今日泊まるから一旦帰るね。お布団は借りてもいい?」

「……帰るのか?」

「うん。ご飯食べてシャワー浴びて着替えたらすぐ戻るよ」

「……、」

いつまでも制服なのも嫌だから早く着替えたいのが本音なのだが。一度帰ると言った途端だんまりを決め込んでしまったしーちゃんに首を傾けていると、リビングにある緑間家の電話が着信を告げ鳴り出した。何か言いたげに此方を見上げているしーちゃんにちょっと行って来るね、と言ってから私はリビングが一階へと小走りで下りていった。
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