応接室。僕の昼寝用兼滅多に現れない来客用として置かれている革張りのソファには一人の少女が座っている。僕はいつものように執務机に向かって風紀委員長の責務をデスクワークという形でこなしている最中だった。いつもなら早々に副委員長に押し付けて校内と町内の見回りに行っている所だけど、ソファに座っている彼女はそんな物よりも遥かに優先度が高い存在といえる。

「今日は静かな一日だね」

ぴったりと綺麗に膝を合わせしゃんと伸びた背筋を一切崩さず、彼女はそう言って微笑んだ。それが僕に宛てた言葉なのか他愛もない独り言なのかは判断する事は出来なかったけど僕が丁度書類に自分の名前を書く作業を終えた直後に発したものだったので僕はそれに答える事にした。

「風紀が乱れるのは不快だけど、こうも平和なのもまた不快だ」

「そういう意味では沢田綱吉くんと関わったのは間違いではなかったんだろうね」

「僕は群れるのは嫌いなんだ」

「ふふ。うん、お茶でも淹れようか」

すっ、と立ち上がった彼女はてきぱきと慣れた手付きでお茶を淹れていく。用意された湯呑みが一つしかなかったので君も飲めばとぶっきらぼうに声を掛ければ有難うと僅かに弾んだ声が返ってきた。そうして用意された湯呑みは結局一つだったけれど、特に気にせずに湯呑みに手を掛けた。濃くもなく薄くもなく、本当に丁度良い濃さの味だった。

「お仕事終わった?」

「……大体は」

「早く外に行きたいって顔してる」

「そんなわけない。…折角君が、」

来てくれたのに。そう紡ごうとした言葉は途切れて最後まで続かなかった。僕の言葉に被さるように乱暴に応接室の扉が開いたと同時に騒がしい自称僕の家庭教師が文字通り転がり込んで来たからだ。……不快だ、僕と彼女の会瀬を邪魔するなんて。

「よう、恭弥!」

「あなたとそんなに仲良くなったつもりはないんだけど」

「つれない事言うなよー。草壁から応接室に居るって聞いて来たってのに」

「邪魔だからさっさと帰って」

「ん?なんだなんだ、これから用事でもあるのか?」

「用事なんて…」

もうある、と言おうと後ろを振り向くと其処にはもう誰も居なかった。ああ、ほら。目を離してしまったから彼女が帰ってしまった。ずっと見ていないとすぐ何処かへ行ってしまうから僕が見ていないといけないのに。
隠せない苛立ちを少しでも散らしたくてトンファーを取り出すと跳ね馬は眉を下げつつ服を払いながら立ち上がった。

「あんまり一人で篭ってるとその内病気になんぞー」

「……」

品行方正、清廉潔白。
制服をきちんと着込み、一秒たりともだらけた姿や仕草は見せない。僕という人間の何たるやを知り常に一歩下がった所から僕を見つめている。僕が不快に思う事はしないし僕が喜びそうな事を進んでやるが、決して余計な事はしない。思慮深く謙虚で僕からの施しも気持ちだけ受け取り、驕る事は一切ない。
全てにおいて完璧な彼女は僕の自慢の彼女とも言える。彼女の前ではそんな事、決して口にはしないけれど。

「残念だけど、僕は独り身ではないからね」

「えっ」

「だからあなたがドジをする度に僕は彼女の素晴らしさを実感するよ」

「恭弥!お前彼女居たのか!?ど、何処の誰だ!?ツナに…いやリボーンに……いや、まずはオレが見たい!」

取り出した鞭を放り投げて何やら喚き出した跳ね馬に眉を寄せる。本当にあの人は騒がしくて堪らないから嫌いだ。
とは言っても僕の前に姿を現すのもあまりないからあなたが見る事なんて一生無いと思う。顔や特徴を教えろと言われたって、僕は彼女の顔も髪型も身長も体型も格好も声も名前も知らない。覚えていない。会っている時は彼女だと分かるのに、こうして何処かへ行ってしまった途端に分からなくなってしまう。

「……会えるものなら、会ってみたらいいさ」

不思議な事に彼女の姿は僕以外の人間には視認された事が無いのだ。

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