しとしとと降る雨の中でも賑やかが衰える事はない、眠らない街池袋。自販機で買った温かいミルクティーを啜りながら駅に入ったり出たりを繰り返す帰宅途中、もしくはこれから何処かへ出掛ける人達を黙って眺め暫しの間とある知り合いが趣味に掲げている人間観察とやらに集中してみる。
苛々とした表情で手早く携帯のボタンを押すのはきっとこの雨のせいで帰宅を邪魔されて苛立っているのだ。夕方から小雨とも大雨と言えずパラパラと降り続ける雨は止む気配を見せず、駅の辺りにあるコンビニに置いてある傘は皆売れてしまったのだろう。
他より少しだけ稼ぎの良いサラリーマンはこの雨くらい何ともないと言いたげに各々タクシーへと乗り込んで行くが学生やアルバイターはそうもいかず、家族や友達に迎えを頼んだり雨の中走って傘を探しに奔走する。
かくいうこの私も傘を持たない哀れな学生の一人でありながら、苛々したり傘を探しに走り回る事無くのんびりとミルクティーを啜っていられるのには勿論理由がある。

「待った?名前ちゃん」

「いーえ、寧ろもう少し遅くても良かったくらいです」

「ひどいなぁ、これでも急いで切り上げてきたのに」

「そいつは失敬」

有難い事に私の下宿先の主はとても優しく、この雨の中でもコンビニか仕事先から調達したビニール傘を差して仕事を切り上げて迎えに来てくれる紳士だからだ。あ、此処笑うところ。
既に暦では今は年末だが、今年の春に池袋の来良学園への入学が決まり仙台から池袋への転居の為安アパートを中心にネットで物件探しをしていた。なかなか部屋が決まらず家族皆で頭を悩ませていた所に助け船を出してくれたのが海外でお仕事中である母の兄、四郎伯父さんだった。
何か困った事があったら、と言ってくれたので素直に住居が決まらず困っている旨を伝えれば、伯父さんはあっけらかんと笑いながらこう言ったのだった。

「ならうちの息子の所に住めばいいよ。きっと今も池袋辺りに住んでいるだろうし、伯父さんから言っておいてあげよう」

実際の住居は新宿だったのだが。しかし息子さんは条件付きで了承の意を示し、私もその条件を飲んで新宿へと移り住んだのであった。
そしてその息子こそが今目の前でタクシーを捕まえている折原臨也さん、私の従兄に当たる人である。

「今夜には雪に変わるだろうねぇ」

「実家はもう雪が積もってるそうですよ、今朝写メ届いてました」

「仙台だっけ?暑いのも苦手だけど、寒いのも嫌だなあ」

ミルクティーの缶をたぷたぷと揺らして中身を混ぜながらタクシーに乗って新宿の住居へと向かう。今日の夕飯何かなあ。臨也さんの秘書である波江さんの手作り料理はそれなりに舌の肥えた臨也さんが美味しいと評価する位美味である。今頃臨也さんのコーヒーメイカーは抽出が終わったばかりのコーヒーが波打っているだろうし、私にも何か飲む物を用意出来るように小さなやかんにはコンロの火が通され熱されているに違いない。波江さんはクールで特定人物以外の前では愛想がないもののそういう細かな気遣いが出来る人だ、私は将来波江さんのような女性になりたい。

「臨也さんは寒いの苦手なんですね。そのふあふあしたの、暖かそうなのに」

「見た目と機能性は違うよ。勿論素材は良いからそれなり暖かいけどね」

赤信号を渡ればマンションは直ぐだ。色々と条件は有るものの、衣食住の心配がなく秘書の手作り料理に時々家主の送迎付きと一高校生にしては充実したハイスクールライフを送れている。
マンションの前でタクシーが停まるなり先に降りるよう言われたので、運転手さんにお礼を言ってタクシーを先に降りる。ぴゅうと吹く寒風に缶を握り締めてぶるりと身体を震わせる。自室でぬくぬくとブランケットにくるまり暖をとる妄想をして何とか耐えていると、ぬぅっと伸びた黒いコートを羽織った左手が私の右手をやんわりと掴み缶から離させる。

「ごめん、寒かったね」

「大丈夫です、妄想の中の私は幸せでした!」

「?、…そう」

一瞬私を見つめる臨也さんの目付きに憐憫の情が混じった気がしたが、そこも私の妄想という事にした。残りのミルクティーを飲み干し近くにあった自販機に備え付けてあるゴミ箱へと捨てて先にエントランスへと入って行った臨也さんの後を追った。

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