膝が生暖かい。時折肌に温かい雫が零れ落ちてくる。名前も知らないあの人はそうやって自分の気のすむまで私の膝の上で腕を重ね顔を覆って泣き続けた。当然身体の自由がきかない私は黙って暗闇で嗚咽を漏らす名前も知らない男性の頭を見つめ続ける事しか出来ない。あ、つむじ見っけ。

平行世界、パラレルワールド。
親愛なるわたし、こんにちは。そちらの世界では如何お過ごしでしょうか。平行世界なんてものが存在しているのならば、私はその世界にいるわたしを覗き見てみたいのです。
もしも兄が類稀なる天才でなければ。もしも私の家族が影響されやすい人ばかりじゃなかったら。もしも私と兄の歳が離れていたら。
せめてifの世界のわたしだけは幸せであって欲しい、なんて私なんかが願ってもいい事でしょうか。心許せる友人がいて気兼ねなく笑い合える家族がいる、あなたの周りにあるそれはとても幸せな事なのです。今の私の友人はさっちゃんしか居ないし、家族との距離の計り方さえも解らなくなってしまったけれど。それでも明日には消えたいと思える位には幸せです。

ぱちり。所謂おやつの時間時に洗濯物を畳んでる途中から記憶がないのでどうやら寝落ちしてしまったらしい。視界は明るいから朝か、昼。ああ、今日も生きてました、残念。
身体を起こそうとしたところで違和感に気付く。部屋が心無しか広くなっている気がする。テーブルの位置が違う、テレビの向きが違う、壁紙やフローリングの模様や色も違う…。

「………ッ!」

何処だ此処は。まさか兄の部屋に連れ込まれたのが夢で、まだ現実の私は誘拐された儘なのか。それとも、もう死んでいるとか。まさかまさかの平行世界にトリップか。跳ねるように起き上がった私に呼応するかのように私の真正面にあった扉が開き、盆を持った兄と目が合った。

「……」

「…どうした。顔色が悪いぞ」

暫く沈黙が続いた所でテーブルに盆を置いた兄が私の顔を覗き込んで来る。此処は何処で、何故貴方が此処に居るのか、朝練はどうしたのか、どういった状況なのか……聞きたい事は山程あったのに、出て来た言葉は一つだけだった。

「これは夢ですか?」

首の裏に手を当てて熱の具合を確かめる兄にそう問えば、一瞬動きが止まった。やはり夢なのか、そう考えていると頬を温かい物が覆った。少しかさついていて薬指には勉強のしすぎでタコが出来ている、兄の手だった。兄の手は綺麗だった、いや、綺麗に見えていた。でも、バスケでマメは出来るしかさつくし何もしなくても教養は身に付くわけでもないから当然勉強をして指にタコが出来る…なんて考え、今まで全く考えもしなかったけれどバスケの才能というものを除いた兄というのはどういった人物だっただろう?

「夢か現実か知りたいならこれが手っ取り早いだろうな」

頬を包んでいた掌が突如凶器となる。ぐい、と口が引っ張られる位強く頬をつねられ思わずうう、とくぐもった声が漏れる。
腕をぺしぺしと叩いて離すよう訴えかけるも指の力は緩まる事なく私の頬に痛みを与え続けている。

「いひゃいれふ」

「……」

「あひゃひふん、はなしれくらさい」

「日本語で話してくれる?」

絵文字のキラキラが付く位、爽やかな笑顔だ。でも言っている事は無理難題で私は再び唸る事しか出来ないのであった。一瞬だけこの兄は平行世界の兄ではないのかと期待してしまったものの、帝光時代の兄の振る舞いはさっちゃんから幾つか聞いていた為その考えは直ぐに霧消せざるをえなかった。
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テーマ「人外ファンタジー」
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